2011年02月18日

小林俊一監督「新 男はつらいよ」第四作メモ



ここでも山田洋次は脚本で、テレビシリーズ演出や映画の企画にあたった小林俊一が監督。ワイワイガヤガヤのコメディタッチで、やはり山田監督とは、かなり違う演出である。柴又の住人も大活躍。テレビの演出をしていたといわれると、先入観かもしれないが、なるほどそのように見えてしまう。基本時に山田タッチよりもオーバーで分かりやすい演出である。

第三作に続いて、短期間の連続制作のスケジュールのせいか、さくらさんの出番は少ない。倍賞千恵子は結果的に山田監督以外の作品にはあまり出ていないで、山田監督に操を通した形になっている。というと変だけれど。

冒頭の大掛かりなハワイ旅行泥棒ネタは文句なく面白い。この部分の脚本は山田洋次が書いたのだろうか。ちょっと気になる。
繊細に撮るというより、皆で騒ぎ立てる賑やかな演出ぷりだ。おばちゃんのスカート姿が本当に珍しい。

泥棒役で財津一郎が第二作に続いて登場。本当に濃いキャラだ。

寅が再び帰って来て、店の前を行ったり来たりするパターンが登場して、このパターンは何度も繰り返される。というか、シリーズが進むに連れてますます寅はかえってきにくそうになっていくのだ。寅が「久しぶりだ」というとおいちゃんが真顔で「一ヶ月しかたってねぇよ」というのがおかしい。

少しオーバーな小林演出が、それ以降定着したと思えるものもある。寅がマドンナの栗原小巻の顔を見て、ポカーンとして完全に目が逝ってしまって口もロクにきけなくなるところなど、この後何度となく繰りかえされるパターンだ。演出というより渥美清が自分で考えてやったのかしら。山田監督も渥美の表現能力に全幅の信頼を寄せていたらしいので、自由にやらせているところも多いのだろう。ここでは監督ではないけれども。

源ちゃんが寅の顔を見て、プゥーっと笑い、寅も笑い返して結局寅が源ちゃんをしばくおなじみのパターンもこの作品からだろうか。大レギュラーの佐藤蛾次郎のアイディアも勿論色々入っているのだろう。

栗原小巻が本当に綺麗で色気もあってビックリする。歴代マドンナの中でも個人的にはかなり好みでっす。父親との関係での演技もうまいと思う。そして、やはりミニ。どうでもいいけど、どれくらいまでマドンナやさくらさんがミニの時代が続いたんだっけ。

三島雅夫が出ていて、さすがにうまい。志村喬、東野英治郎等、初期の頃からすごい役者が出ていた。そもそも、当然のようになっているが笠智衆が御前様をやり続けただけでも大変な映画なのだ。そして、偉大な笠智衆に大変失礼なのを承知で敢えて言うが、寅の父親の法事のシーンなどみると、小津時代なんかよりはるかにうまくなっていらっしゃるのではないかしら。

栗原小巻が寅の失恋?をを気にすると、おばちゃんが「いえ、いつものことですから」と言い放つのがひどくて笑える。

寅が幼稚園で園児と一緒に遊戯するシーンがはまりすぎ。そう、寅は永遠に子供のこころの持ち主なのだ。

寅が失恋して去るシーンを見送るのは、ここでもおいちゃん夫婦だけ。第三作でも書いたが、このシーンにはどうしてもさくらさんがいて欲しいと痛感する。

本作品で一番笑えるのは、森川信おいちゃんが渥美清寅相手に婦系図を熱弁して二人とも感極まるシーン。本当に偉大な二人のコメディアン、役者である。山田監督もこのシーンだけは、演出の
小林俊一をちょっとだけ嫉妬するのではないかしら。おいちゃんが当事者なので、かわりに観客の私がこれをどうしても言ってあげないといけないと思うのだが、二人とも「ばかだねぇ。ほんとーに、ばかだねぇ」である。



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森崎東監督「男はつらいよ フーテンの寅」第三作メモ



山田洋次は脚本にまわり、監督は森崎東。演出が、コメディ部分でもシリアス部分でもちょっと大袈裟でやりすぎていると感じる。改めてさりげない山田演出を再認識させられる。

寅の帰還では、近所の公衆電話から電話するというネタ。そして、帰って来てもおいちゃんと電話で会話するボケは、森川信おいちゃんだから成立するのだ。渥美清と森川信だけは何をしても許せちゃう。

「寅のアリア」っぽいのは、寅が嫁さんの条件を語るところ。ディテールにこだわる寅独特の妄想力と渥美清の卓越した一人語り能力は、やっぱりすごい。

この時期は、すごい短スパンで次々にシリーズをとっていて、さくらさんはほとんど登場しない。寅が去った後に、やっぱり優しい
言葉をかけているが。その代わりというわけではないが、博が寅をぶんなぐったりしていて若い。後年では考えられない図式で、やはりシリーズ初期を感じさせるところ。

寅は一度飛び出して、マドンナとのエピソードのために戻ってくるいつものパターンではなく、旅行先のロケで終わる。逆に寅に「会う」ためにおいちゃん夫婦が旅館に旅行したりしている。

新珠三千代はものすごくシリアスなタイプの女優なので、歴代マドンナの中でも異色な感じかもしれない。監督の演出もあるのだろうが。

第一作では、寅が博に「女を目で口説く方法」を伝授していたが、ここでは「手を握って口説く方法」を、河原崎建三に伝授している。コタツのシーンはベタすぎておもろい。

寅が、若い二人をとりもつシーンは素直にいいと思う。父親の花澤徳衛に、同業の口上をイキにやるところもいい。

旅先なので、寅が失恋したところをさくらさんが慰めるシーンがない。やはりあれはシリーズでは絶対欠かせないと再確認させられる。
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2011年02月17日

山田洋次監督、渥美清主演「続・男はつらいよ」第二作メモ



冒頭の寅の格好も主題歌も、ここからはおなじみのいつも通りに。サッカーボールを蹴ろうとしてこけるだけなのも、渥美清がやるとおかしい。

「寅の夢」の記念すべき第一回は母との再会。風見章子(がいかにも品がよくて優しそうで薄幸そうで、本編へのネタフリになっている。風見章子(がまじめな顔してラブホテルの施設案内するのも、考えてみればすごいシーンや。

寅が帰宅して歓迎されるパターンが始まるが、初回は寅も遠慮してすぐ去る。そして、もし長居するとどうなるかを寅が事細かに延々と説明するところがおかしい。「寅のアリア」の先触れのようだ。おいちゃんがいみじくも言うように「そんなことまで心配しなくても」である。さくらさんが、寅が帰って来ても嬉しそうな顔をせず、寅に言葉をかけられて「どんなに心配したか」というところがいい。寅を見送りに行って、満男のこづかいをもらうが、あれは後になったらさくらさんも絶対断って逆に「おにいちゃん」にお金を渡すところだ。

東野英治郎は、小津映画でも「男はつらいよ」でも基本的には全然変らないと思った。ある意味、偉大な役者だ。不器用な笠智衆でも、大分感じが違うのに。

佐藤オリエも、とてもいい感じのマドンナ。この時代はミニスカートが流行していたんですね。さくらさんも誰も若い女はみんなそうだ。

財津一郎がもったいない脇役。でも、寝ている表情だけで笑わせるのはさすがである。

母との再会シーン。寅の母親としてミヤコ蝶々はハマリ役かもしれないが、さすがにいきなり「金か、そんならいかん」とか何とかいうのはひどいけれど、これを山田監督はいわせたかったんだな。でも、それを結局寅は、工場員たちに話すところでは、寅さんの完全なギャグにしてしまっていて、なるほどそういうことかと納得する(笑)。母親と間違えられる風見章子が、とことんとぼけていておかしい。

寅を迎えるにあたって、家族が母親に関する言葉を言わないようにと相談して、結局・・というパターン。これの他にも八千草薫マドンナでもやっていた。分かりやすくて笑える。それを大真面目に言う前田吟と、やっぱりふざけた感じのおいちゃん。そして、困ってテレビをつけると・・。というのも同じパターンだ。私はBS録画を見ているのだけれど、寅が堂々と「お味噌ははなまるき」と何度も連呼している。さすがにNHKもこれはカットできなかったか。

鰻が本当に釣れて、東野英治郎が死んでいたというのはよく出来た演出。

佐藤蛾次郎の源ちゃんが、商売のサクラをするなど大活躍。そして、随分とセリを長々としゃべるシーンもあって、これも初期を感じさせる。どんどん、余計なことはいわなくなるので。




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2011年02月16日

山田洋次監督、渥美清主演「男はつらいよ」第一作メモ



見れば分かるという映画の典型で、余計な感想など不要だけれども記録のための見たまんまのメモ。

さくらさんの初々しさといったらない。まだ結婚前の若い娘で、髪の毛も染めているしミニ。こんな時代もあったのだ。いきなり、葛飾柴又の方々の中にふっと現れ出ずるお姿は、まさに掃き溜めに鶴。ごめんなさい柴又の人たち。そして、寅さんにおびえる様子が何ともチャーミングなのである。そして、最初からちゃんと「おにいちゃん」きました。ここでは、おにいちゃんなの、という不安と期待を込めたパターン、今後数限りなく違うパターンの「おにいちゃん」が繰り返されるのだ。

そんなさくらを、寅さんはひっぱたいたりしている。それゃ、おいちゃんじゃなくとも怒る。これが最初で最後だったかしら。

そんな寅さんが、おいちゃんにひっぱたかれる。森川信のおいちゃんはサイコー。寅を「これをオヤジの拳固だと思え」といって殴るシーンでも、どこかおかしい。寅が光本幸子のところに通いつめる場面の、とぼけた「いってらしゃい」もあれは森川信にしか出来ないよ。寅も、おばちゃんや登に因縁をつけても、おじちゃんは完璧にとぼけているのでからめないのだ。しかし、観るものにはおいちゃんがとぼけてシランプリほしているのがちゃんと伝わる至芸。

おいちゃんに殴られて庭にうずくまる寅を、カメラが俯瞰でとらえて、さくらさんとその影の後ろ姿が寅に寄り添うところはとても映画的で美しい。さくらさんが寅に優しい言葉をかける前から、さくらさんの優しさが伝わってくる。

今回改めて見て、これは映画としてもとてもよく撮れていることを再確認。つい強烈なキャラクター郡に目がいくが、それをつつみこむ山田洋二スタイルの映像に、観るものは気がつかずに安心しきって身をまかせているのだ。柴又の街の映し方などの全48作変らぬ様式美。冒頭の寅がとびいりする祭のシーンからしてみごとだ。

冒頭に寅のナレーションが入る。渥美清の語りにはえもいわれぬ説得力があって、「寅のアリア」につながっていくのだ。

寅がさくらのお見合いを台無しにするシーンは、映画だとわかっていてもハラハラする。でも、あれでよかったのだ。さくらは博がすきなのだから。そして、二人の間も寅がぶちこわしそうになるが、それも結果的オーライ。博も多分いつまでたってもさくらに告白できなかっただろうし、さくらさんも自分から言うタイプではない。というわけで、見事に寅は愛のキーピットの役割を果たしている。

ここでの博さんも、とってもよい。前田吟はここでの演技が恥ずかしいらしいが、本当にマジメで男らしくて純情でいいじゃないですか。さくらに「別れのプロポーズ」をするシーン。昔はちょっと恥ずかしく感じたが、今回はとてもよくって泣きそうになった。私も歳をとったということだ。

その博が寅に舟でマジメにくいつくシーンもいい。寅さんが博の口調を真似るところは、本映画で一番わらってしまった。

そして寅が博に「女を目で口説く方法」を伝授し、光本幸子にも実践するが「寅ちゃん、目にゴミでも入ったの」といわれちゃうのも相当おかしいところだ。

笠智衆のは最初寅を「覚えとる、覚えとる」というところからキャラクターが出来上がっている。しかし、京都旅行ではスーツ姿に身を包んで、ちょっと御前様っぽくないのが第一作らしいところ。写真を撮る時「バター」というのは、御前様オリジナルだったのか。その後、寅が散々パクるみとらなるのだが。吉永小百合マドンナの回でもやっておったな。

社長が結婚式場に、バイクですごい勢いで走りこんでくるシーンが妙に印象に残る。映画的なシーンの一つ。

志村喬には誰もが泣かされるだろう。ここではひたすらいい役だけれど、後の作品ではもう少し父子の相克すが描かれて、そこでの単なるいい人でない志村喬もとてもよかった。寅が無愛想な志村に結婚式の間中、気に入らずに毒づいているのが巧妙な伏線で、志村のスピーチでみんなしてやられる。

津坂匡章(現:秋野太作)の登がとってもいとおしく感じた。前見たときにはこんなに思わなかった。

佐藤蛾次郎の源ちゃんは最初から寅とマドンナ光本幸子のボートデートをスパイしている。そして、寅が光本幸子の婚約者のことを知ったところで笑っていて、ちょっとドキっとする。後年のように、思いっきり寅を笑う感じではないので。こういうのも第一作らしい。

光本幸子のマドンナはそんなに印象がなかったけれど、酔っ払って歌いながら寅と夜の柴又の商店街を歩くシーンなど、なかなかいいと思った。

寅さんは、若くてちょっと乱暴だけれど、最初からちゃっんと寅さん。マドンナと魚釣りにいこうとする際の麦藁帽すがたがかわいい。こういうのは渥美清の反則攻撃だ。

第一作からして、素晴らしい出来。まだ、マドンナが中心でないところだけがシリーズと違うが。博とさくらさんが結婚するのだもの。それだけで十分だ。



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