2010年01月19日

浅川マキ追悼

昔からジャズは好きで渋谷毅をよく聴きにいったりしたのだが、その流れで浅川マキと遭遇することになる。錚々たるジャズミュージシャンにひきつけられて出かけたライブ。恐らく当時は名前だけしか知らなかったマキさんが静かに登場する。彼女の周りにはまったく独特の非日常的な空気が流れているのが誰にもすぐ感知できる。アンニュイで暗いが不思議にとても暖かい独特の歌声とオーラに誰もがいきなり引きずりこまれてしまう。そして、深々とした人間の心の奥深いところにある原光景をかすかに思い出さずにはいられない声でそっと歌いだす。もはや豪華なジャズミュージシャンたちも、完全に彼女にひたすら仕える従僕に過ぎない。
まぁ、そんな誰もが洗礼を受けるマキ体験を私もしたわけです。
いつになくこみあう新宿のピットインで何度か彼女だけの世界を体験したわけなのだが、いつだったかちょうど美空ひばりが亡くなった時で、マキさんはひばりをひそかに敬愛していたとか何とか例のボソボソした喋ると、いきなりひばりナンバー(何かは失念してしまった)をアカペラで歌いだした。美空ひばりも深いところで唯一無比の歌声だったが、存在感では決してひけをとらないマキさんの肉声がライブハウス全体をスッポリ包み込んだ。
人の声が、ある種神聖で特別なものであることを理屈ぬきで感じさせる稀有なヴォーカルだったと思う。
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2007年07月23日

矢野顕子「ホームガール・ジャーニー」

矢野顕子のピアノ弾き語りを知ったのは、BSの番組でミノ・シレルとのデュオをたまたま見かけた時だ。ミノ・シレルは、マイルス・デーヴィスとも共演していた、とても音のセンスの鋭いパーカッショニストである。本当に良かった。二人が、音でひそやかに内密で濃厚な対話をしていた、ちょっと品のない言い方をすると「やってた」。
矢野自身も言っていたが、彼女にとってはピアノは自分の体の一部なのだ。キース・ジャレットのピアノソロのように、個人的な身体の癖などがそのまま出てしまうような作り物でない完全に自分のものになっているピアノ。
ピアノ弾き語りアルバムとしては「ピアノ・ナイトリー」「出前コンサート」、この「ホームガール・ジャーニー」などがある。ここでは奥田民生の「さすらい」のカバーがなんと言っても聴きものだ。
他に、糸井重里が詩を書いている「ニットキャップマン」もいい。糸井については、例のパルコがウディ・アレンを使った「おいしい生活」が有名だが、本当にクリエーターとして才能があるのかなどと軽く見たりしていた。とんでもない、糸井は本物だ、言葉のちょっとしたニュアンスに対する感覚が、実に繊細で力強い。ダウンタウンのガキの使いの釣り選手権では、毎回「C級コピーライター」とか言われているけどね。「出前コンサート」に入っている「ふりむけばカエル」もまごうことなき傑作である。私と同じく糸井をちょっと馬鹿にしたりしている人は、即聴くべし。
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2007年07月02日

さすらおう・・・

奥田民生の「さすらい」を偏愛している

詩もメロディも完璧である

矢野顕子の「ホーム・ガールジャーニー」にピアノ弾き語りのカバーがはいっている

こっちは本人以上に繊細かつパワフルなのだ

「さすらい」の影響うけて、バイクで旅にでちゃったというから彼女も本物である

そう ほんとうにさすらいたくなっちゃうのが この曲の唯一の難点だ

つい大声で一緒に歌いたくなるのも難点だ

「まわりはさすらわぬ人ばっか すこし気になった

さすらいもしないで このまま死なねえぞ

さすらおう この世界中を

転がり続けて歌うよ 旅路の歌を」

うーん 、ネット最強戦がどうでもいいくらい いい気分で酔っ払ってきたぞ

こまった

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