2008年04月14日

眞鍋かをりのココだけの話(ココログブックス)

先日、よく行くブックオフで発見して安価に購入。まあ、はっきりいって100円で入手させていただきました。やはり、まとめて読むには本というものは、まだまだ便利である。しかも、眞鍋ブログを読んでいなかった時期もあったので、丁度良かった。
自分でも、こうしていくつかブログを書いているのだけれども、一番書く上で影響を受けているのは、梅田望夫でもfinalventでもなく、実は眞鍋かをりだったりする。それも、意識的に真似しているのではなく、気がつくと影響を受けている感じだ。彼女のブログには、恐ろしい感染力がある。
眞鍋ブログの持つ意味については、きっと誰かが既にちゃんと論じたりしているのだろう。私は、人の書くものを驚くほど読まないので、そういうのとは関係なく思いついたことを書きなぐっておこう。
眞鍋かをりを、何か神のように崇めるのは馬鹿げている一方で、アイドルブログとして、インテリ気取りで上から見下ろして分析したりするのは、それ以上に致命的に間違っている。自明なことだ。
彼女が勝負しているのは、知識の量とかではなく、結局ものの書き方、語り方の「センス」の一点だからだ。お笑い芸人も同様で、インテリが芸人を分析してほとんど的外れだったりするのと同じだ。結局、知識ではない、感覚センスの問題だからだ。
眞鍋かをりは、ああいう軽い感じで書いているわけだが、この本の中でも自身で「ひとつの言葉を選ぶのに何十分もかかったり、接続詞を選ぶのに延々頭を悩ませたりとか・・」と言っている。考えてみれば、当然そうなのだろうが、私のような素直な人間は、気楽にスラスラ書いているのだろうと思ってしまっていたのだから、我ながら愚かだ。まあ、そのように読ませるのも芸のうちなのだろうが。
とにかく、文章はこのように書かなければいけないというルールを一切無視して書いている。自由気ままなスタイルで、好きなように書いていいのですよと。
というか、ブログには、当然それなり似合った文章のスタイルがあるという当たり前の事実に対して意識的に取り組んだ結果の発明なのだろう。いわゆる堅苦しい書き言葉でもないし、かといって、日常の話し言葉をそのまま文字にしたのでもない、第三種の「ブログ言語」を彼女は創造したのだ。だから、そういうことに少しでも敏感ならば、誰でも知らず知らずのうちに眞鍋かをりの影響を受けるのが、ある意味自然なのである。
また、日本における私小説の伝統に連なるという言い方も可能だろう。例えば、葛西善三や嘉村磯多。私が、彼らに理由なく興味を持つわけがなく、小林秀雄が取り上げていたので読んでみたことがある。すごい世界だ。本当に日常のどうでもいいことを、超主観で書いているだけ。しかし、文章へのこだわりはとてつもなく、葛西は何行かうまく書けただけで、喜んで犬のようにはしゃぎまわったとか。私小説といっても色々あるのだろうが、要するに自分のことを語るという行為より、それをどのように語るかが全てなのだ。真鍋かをりのやっていることと同じではないか。ふかわりょうのつぶやきネタ風に言うと
「眞鍋かをりのやってることって、葛西や嘉村と変わらないじゃん」
というところか。
なぜ、日本人は、私小説が好きなのか。他の人の私生活をのぞきたいのだけれども、別にその人間の確固たる自己としての主張や個性に接したいわけではあるまい。そうではなく、他者との同質性や空気の共有をあくまで前提として、他者が多少変わっていても、自分との感覚の共有を確認したくて、私小説を読むのではないだろうか。その場合、その他者は、あまりに凡庸だったり、余りに自分とかけ離れて異質であってはならない。ある程度、自分との違いがあって楽しませてくれながら、自分を不安にさせない程度の距離の近さを保っているのが理想だ。それが、古来から山ほど私小説が生み出され、そのほとんどが、まったく非建設的なまま終わっている理由だろう。
ブログというのは、そういう意味では日本人向けである。ブログで個としての主張をしたいわけではない。そう見せかけつつも、結局は空気の共有を望んでいるのだ。眞鍋かをりの場合は、タレントで一応大抵の人間が姿かたちキャラクターをある程度は知っている。だから、そういう空気の共有のためにも有名人のブログは役に立つのだ。
最近twitterを、気まぐれではじめてみたら、ことのほか面白い。多分、そういう意味で日本人には、ブログ以上に、twitter的なものは、合っているんじゃないだろうか。ブログを書くときは、それでもある程度は構える。少しは、個としての表現を意識する。Twitterの方は、気楽に個人的なことをサラッと書けるのだが、実は個としての独立の意識は希薄だ。空気を共有していて他者に対する甘えが根本にあるはずだ。でなきゃ、気軽に個人的につぶやけないはずなのだ。Twitter的なものが、今後日本を席巻するのではないだろうか。といっても、私の場合、流行から何週も周回遅れの人間なので、先頭ランナーは、今頃「もうtwitterは終わった」とか言っているのかもしれないが。
話題がどんどんつまらない方向に流れた。そんなことよりも、なんと言っても眞鍋かをりブログは面白いのだ。本に収録されていたやつで、気に入ったのがこれ。
またもや June11.2005
8500円って、どんだけ庶民派なんだよ、マナベ!安売りの電化製品じゃあるまいし。
ということで、眞鍋ブログへ、こんな変な記事でも気にせずにトラバ飛ばしておこう。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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