2008年02月02日

ホロヴィッツのノスタルジア ラフマニノフ ピアノ協奏曲第三番

タルコフスキーの、ロシア大地への、あるいはロシア的精神の原型への強烈なノスタルジア。とことん美しい映画である。啄木的な郷愁と違って、ノスタルジアまで、広大で深々としている。ロシアは、単なるローカルな風土ではなく、折口信夫が沖縄に抱いたような昇華された憧れが、別の国の人間まで巻き込んでしまうような郷愁が、確かにあるような気がする。
カーネギー・ホールで、ユージン・オーマンディ指揮ニューヨークフィルとともに、ホロヴィッツが弾いたラフマニノフ三番。オーケストラビルダーとしては無能だったバーンスタインのせいで、オケとしては雑な響きしか出せなくなっていた当時のニューヨーク・フィルだが、オーマンディの手にかかると、驚くほど色気のある豊かな響きを引き出すことに成功している。
しかし、このホロヴィッツは、いったいなんなんだ。たった一人の人間が、ちっぽけなピアノだけで、こんな巨大な憧れや情熱やため息や眩暈を生み出せるものだろうか。技術をこえた何かが、はっきりと聴こえてくる。
ホロヴィッツは、この曲を弾くために、長く離れているロシアの心、ロシア人の感情を思い起こすために、朝な夕なチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフのオペラを聴いたのだという。
故郷がない都会育ちの人間の心の奥底にも、必ず不可視の故郷への郷愁が眠っていて、ホロヴィッツはそれを揺り起こすのだ。もう、ロシアとかなんとかは、ほとんど関係ない、人間が存在する普遍的根拠の奥底を垣間見せるような怪演である。
あまりに、こういった種類の故郷から遠く離れた生活にすっかり倦み疲れ果てた時、これを目いっぱいボリュームを上げて、ガンガン鳴らすとよく効くのだ。
こうした、憧れや郷愁を、すっかり忘れ去ってしまった現実のあわれでちっぽけな世界のことなど、もうどうだっていいのである。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック
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