2007年09月25日

梅田望夫・平野啓一郎「ウェブ人間論」

まず、この本を読んで思ったのは「スター・ウォーズ」シリーズをもう一度見直してみないと、ということ(笑)。ほとんど良く覚えていないのだが、思ったほど悪い映画じゃないというのと、やっぱり善悪単純に分けすぎだ、というのだけ覚えているんだけど。まあ、これだけはちゃんと見直してみないと何もいえないが、グーグルの首脳が、スター・ウォーズ的世界観を共有している「無邪気」な人たちだというのは、やはりちょっと怖いと思ったというのが率直な感想だ。梅田さんの「ウェブ進化論」の中にあるグークールの「世界政府」という表現をみて否定的な反応をした人たちも多かったそうだが(私もその一人)、本人たちの意図が「良きもの」だとしても、彼らが無邪気に生み出す膨大で強力な情報システムが、もし悪用されたら、ということをどうしてもすぐ考えてしまう人間なのだ。彼らのやり方が、従来のガチガチな社会秩序を溶解してくれるかもしれないという可能性に希望を託すことができるかもしれないという気持ちもある。しかし、それはあくまで、情報を提供する「枠組み」にとどめたほうがよいとも感じる。
すごくありきたりな考え方だと自分でも思うが、ネットの新しい潮流は、あくまで情報を提供する枠組みに限定して、情報を本当に自分のものとして咀嚼し深く考えるのは、各個人が自力でやるべきことという二分論である。古臭いとか保守的とか言われそうだが、ネットでスラスラ集めた情報だけで、本当に人はものを考えることは出来ないと思う。今言っていることは、あくまで、個人の信条思想生き方価値観にかかわる領域に限定する話だが。
ジャンルによっては、そんな面倒くさいことをしなくても、どんどん情報共有してしまったほうがいいものも当然ある。ソフトにしても、技術的な問題にしても、将棋の技術とか棋譜の情報などについては、別に個人で手間をかけて考えなくてもいいことなので。
しかし、やはり基本になるのは、個人の考えである。それがスターウォーズ的価値観を前提に一色に染められてしまった価値観を前提に推し進められたら、たまらないというのが私の素直な反応なのである。
ただ、現代、特に日本においては、本当にものを考える材料をほとんどの個人が与えられないままに過ごす社会システムの中で生かされていて、ネットが、そういう情報の閉鎖を打ち破る可能性はあるとは思う。しかし、現状としては、その力は建設的な方向に働かず、単なる、社会に対する不満の吐露に過ぎなくなってしまっているという印象がある。そうした行為を、ネットを行っている人間が、自分や社会を本当に変えるのではなく、単なる欲求不満の捌け口の安全装置として働き、なおかつ批判をいっているつもりの本人が、完全に社会の従来の価値観に同化し従順なのに、ますます気づかなくなっているという。
こんなネガティブなことばかり言っている自分が情けないが、とにかく、一読して率直に感じたことを、とりあえず書いてみた。
他にも、匿名性の問題、ネットにおけるリアルとは別の人格の問題など、興味深いテーマが、たくさんでてきていたが、力尽きた。
「ウェブ進化論」のことを書いたときにも言ったが、とにかく、もっともっとウェブについて勉強しないといけないなどと殊勝に思っている。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評
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