2007年08月22日

メシアン「鳥の歌」(ウゴルスキ pf)

昔見たメシアン自身出演のドキュメンタリー。メシアンには、音楽を聴いているとその色彩が視覚的に見えるそうである。西欧音楽には、実は色彩のある音楽は少ないと。ドビュッシーやラベル(まあ、この辺は分からないでもない)、他にモンティベルディにも色彩があるそうな。現代音楽は救いのない灰色だと。ブーレーズがメシアンの講義を受けてたらしいが、いかにも灰色の音楽だ。
色彩の見え方も、単に何色っぽいというような生易しい話じゃない。この部分ははっきりどの色で、それがどのように変化していくかが克明に「見える」そうである。
そういう人間が書いた音楽だというのは分かる。鳥の歌。なんて色彩にあふれた官能的な快楽の音楽だろう。官能と快楽といっても、すこしも俗なところはなく昇華された鳥の囀りである。
メシアンが鳥の鳴き声を聴きにいって作曲する様子も映されていた。そう、メシアンには、本当に鳥の声がこのように聴こえていたのだ。まあ、普通の人じゃない。高級なユリゲラーだよ。しかし、鳥の声もこんな風に聴こえるんじゃ、さぞメシアンには世界は深い神秘だったことだろう。
また、ウゴルスキのテクニックが、唖然とするほど冴えわたる。
トゥーランガリラもそうだが、メシアンの音楽はきわめてセクシーだ。セクシーといっても、やはり俗なところのない聖なるエネルギーだ。タントリストたちの主張するような、本来神聖な性のエネルギー?
こんな、異教的な罪深い官能的な音楽を書いていて、メシアンは、根っから敬虔なカトリックだったそうだ。ああいう人間が何考えているのかは、もう凡人には分かりませんよ。
ところで、私には、鳥の囀りの種類も区別できないし、色彩の違いも全然見えない。まあ当たり前だ。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック
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