2007年07月04日

クレンペラーの大地の歌

クレンペラーのオタである。大地の歌も、これを聴くとワルターも子供に思えてしまう。とてつもなく遠いところから聞こえてくる何か、しかしすこしも曖昧なところなどなくしっかりした厳しい形をなしている。しかし、マーラーの弱さも、何もかもすべて抱擁している。クレンペラーって、いったい何者だったのだろう。

最後の「Ewig Ewig」(永遠に、永遠に)の部分では、本当に何もかもすべてよくなってしまう。しかし、クレンペラーの場合は、決して単なる現世否定にはならない。ニーチェのような、現世否定のはてにたどり着いた、徹底的な現世肯定なのだ。仏教の現世否定の鬼子の「空海密教」のように、たくましい現世肯定を聴き取ることが出来る。

現代に対する違和感は、否定の全く存在しない肯定、浅い快楽主義の氾濫である。ニーチェのいうように「世界は、思っているより深い、恐ろしく深い」はずなのに・・・。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック
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