2012年09月23日

黒澤明「用心棒」



黒澤自身、娯楽作をつくることに徹底したと述べている作品。当時の映画ではチャンバラ的だった殺陣をリアルにしたり、ディテールの設定にこだわったり、特に当時観たらさぞかし画期的だっただろう。
個人的には、この「用心棒」よりも「椿三十郎」の方が好きである。そのユーモアとか人物設定とかセリフのセンスが楽しいので。
この「用心棒」の方は、かなり設定が殺伐としていて、登場人物もやたら多い。現在は刺激の多い映画ならいくらでもあるので、むしろ黒澤映画には、そういう現代映画にないものを望んでしまう。
あくまで個人的な感想だけれども、名作とされる本作に私はあまり惹かれないのである。
カメラは宮川一夫だが、マルチカム方式で実際は斉藤孝雄の撮った映像の方がたくさん使われているそうである。天下の宮川に対してすごい扱いだと思うが、黒澤はそういうのも平気で競争させて、とにかく最高のものを求めた。
脚本にしても、当時は何人かでそれぞれ独立して書いて、その中から黒澤が一番いいと思ったものを選んでいたそうである。この時期の黒澤映画の、異常なくらいのバイタリティはそういうところに起因するのだろう。
黒澤映画のオールスター・キャストなのだけれども、登場人物が多すぎる事もあって深く印象に残る役者がそんなにいない。
そんな中、山田五十鈴のとんでもない女ぶりはさすがに見事である。「蜘蛛巣城」「どん底」、そしてこれと黒澤映画では徹底的に悪女をやりきった。
藤田進が、三船以外に安く雇われた用心棒の役で登場する。そして、両組の戦いの際にサッさと逃げ出してしまうのだが、三船の方を見てニッコリと笑うところが何とも印象的だった。「続姿三四郎」でも多用されていた、藤田独特の憎めない笑顔の応用編である。
東野英治郎の酒屋の頑固だが人のいいオヤジは、さすがにハマリ役だった。
羅生門綱五郎が、三船敏郎を殴ったりぶん投げたりする。ジャイアント馬場とそっくりだが別人である。しかし、映画の中でも、三船にアイアン・クローをしたり、のどわなげをしたりしているのでなおさら勘違いしやすい。実際プロレスラーの経験もあったそうである。ウィキペディアを観ると死亡年のところが「生死不明」となっていて、ちょっと驚く。
勿論、この映画での仲代達矢のあの何ともいえないイヤらしくて魅力のあるキャラクターも忘れがたい。 実に役を緻密に計算した上で役になりきっていることは誰しも認めるところだろう。
「大系 黒澤明」によると、仲代達矢は実は「七人の侍」にチョイ役で出演している。
画面の下手から上手へただ歩いて過ぎるだけの5秒くらいの役で、勿論セリフなどない。例の、百姓たちが侍を探すシーンだろう。
ところが、ただ歩くだけなのに黒澤は何度も何度もダメといってやり直させた。
朝からはじめてOKが出たのは、昼休みをはさんで午後三時だったという。しかも、実際のフィルムではカットされていて上半身が一瞬映っただけでクレジットもされなかった。
当時は腹も立ち屈辱も味わったが、仲代は後年理解したそうである。刀を腰にさしている時は、腰で歩かなければいけない。それができていなかったと。仲代は「無名塾」の新人に「三年で歩けるようになればいい。」と述べたそうである。
この「用心棒」で仲代が抜擢された際に、仲代は自分のことなどすっかり忘れているだろうと思ったら、黒澤が「あのときの仲代を覚えていたから使ったんだ」といい、仲代は大変感激したという。
勿論、我々素人は素直に映画を見て遠慮せずに好き勝手な事を言えばいいと思うけれども、こんな話を聞くと演技や映画を撮る事の凄さ、大変さを感じずにはいられない。
posted by rukert | 映画
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