2012年09月19日

黒澤明「一番美しく」



この映画についても、一年半前ほどに書いている。

MONOGUSA blog 黒澤明 「一番美しく」感想


この時書いたことと、今も基本的に考えは変わらない。
「わが青春に悔いなし」は、戦後にGHQが奨励した民主主義映画の線に忠実に沿ったもので、この「一番美しく」は、一見封建的な滅私奉公の価値観を賛美している。
しかし、黒澤はそういう状況の限定に応じながらも、結局そういう政治状況とは関係ない人間の姿を描いていると思う。
勿論、黒澤自身にも何らかの個人的な政治信条はあったのだろうが、少なくとも黒澤の映画の画面上で表現されているものは、つまらない政治的イデオロギーとは無関係である。黒澤自身にそういう本質的な「反政治的」な資質がある。政治を無視するのではなく、政治の世界には到底おさまりきらない人間の姿に対する深い理解と愛情が映像で自然に溢れ出ているという意味で。
戦時中の映画ということもあって、あまり黒澤流の派手な演出はないが、それがさりげなくてかえって効果的だ。
例えば、矢口陽子(渡辺ツル)が、集団の先頭を歩いているところで、背後から誰かが「渡辺さんは、怒っているときは右肩がちょっとあがっているのよ。」と言い皆が笑い渡辺さんの後姿をカメラが映し出すところ。大変印象に残る絵だ。
また、バレーボールのシーンで、運動が苦手な娘が、サーブをする際にボールに向かって大きくお辞儀をするところ。皆が大笑いするのだが、この映画をもし「反戦映画」というなら、こういうところだとも思う。
それにしても、渡辺さんを演じた矢口陽子の存在感、見ただけて人間の大きさを感じさせるところがすごい。班長という役なのだが、存在自体で何も説明せずにそれを納得させてしまうところがある。後に黒澤の奥さんになるのだが、黒澤はそういう人間性で選んだようにも思える。黒澤の女性観が何となく伺える。
寮母役の入江たか子が大変美しい。菅井一郎もいい味を出していた。
女性工員の二人が喧嘩した後、一人が夜中に庭に出て月を見ていると妙な鳴き声が聞こえてギョッとするところもおかしかかった。昼間に狸が夜に出ると話題になっていたのが伏線になっている。しかし、それは喧嘩をした相手の女性工員の泣き声だった。二人はお互いに謝りあって、最後は二人とも泣き出してしまう。とても微笑ましいシーンだった。
posted by rukert | 映画
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