2012年09月17日

黒澤明「白痴」



私はこれが黒澤明の最高傑作だと思う。個人的に一番好きな作品だと言うにとどめようかとも思ったが、単なる趣味嗜好の問題で済ましたくないくらい圧倒される。今回改めて観て、ますますそういう印象を受けた。
いや、原節子の代表作だし(「東京物語」よりも)、森雅之が演じた最高の役だし(「浮雲」よりも)、三船敏郎の白眉の役(「七人の侍」よりも)と叫びたくなっている自分がいる。
但し、必ずしも一般的な評価は高くない映画である。人によって好き嫌いがハッキリ分かれるのも理解はできる。
冒頭からして実に魅力的だ。混雑した夜行船の中で男の異様な叫び声がきこえる、寝ていた乗客たちが目を覚まして何事かという様子をする、カメラの奥から亀田欽司(森雅之)が身を起こす。「ちぇっ、なんて声出しやがるんだ。」と三船の声。そして足だけ映っていた赤間伝吉(三船敏郎)が身を起こしてカメラに入ってくる。寸分のムダも隙もないカットである。
それにしても、この映画での森雅之は素晴らしい。いや、もう完全に「演技」の範疇など軽く超えてしまっている。
この原作ではドストエフースキーのムイシュキンは本当に演じるのが難しい役だ。完全に赤子のような純粋で澄みきった心の持ち主など、当然生身の大人の人間には存在しない。そして、森雅之は決して本来そういう純真な役をするタイプではないのだ。「浮雲」にしても、黒澤の「悪い奴ほどよく眠る」にしても、むしろ少しクセのある男をやらせるとうまいくらいだ。(ちなみに、黒澤が同じ役者に全く対極の役をやらせるパターンがここでも出ている。)
ところが、ここでは森雅之は本当に微塵もイヤなところを感じさせない純粋な人間に本当になりきっている。その目も物腰も喋り方も何もかも。
独特の両手を胸に当てるポーズが何とも印象的である。これが、実に役のキャラクターにあっている。黒澤の発明したポーズなのだろうか。
そして、目が本当に純粋というよりは何かを見ているようで何も見ていない一種虚ろな目。純粋であると同時に何か得たいの知れない無気味なものも感じさせる人間、それを目の演技だけで完全になしとげている。
小林秀雄が評論で、ドストエフスキーはムイシュキンで、純粋な人間ではあるが、底知れぬ暗部を内部に抱え込んでいる不気味な人間であり、単なる無知による善人でなく、人間の深い即知れぬ深淵を持つ存在を表現したかったという意味のことを述べている。ここでの森雅之は、純粋さだけではなく、そういう無気味さまで表現できていると思う。
いや、これも演技というよりは、本当に肉体的に深いレベルから変化してしまっているかのようだ。どうすけば、このような演技ではない演技が出来るのだろう。
(ちなみに、森雅之でこれと同系統の役としては溝口健二の「楊貴妃」の世間離れした玄宗皇帝というのがあった。)
那須妙子(原節子)はまず写真で登場する。札幌の街中に飾られた肖像写真を森と三船が見るシーン。森はその写真だけを見ただけで、原節子の本質を理解する。その写真の原の目がとんでもない。強烈な光を放っている。
この映画では、最初から最後まで原節子の「目」がすごいのだが、今述べたように森雅之の目も印象的だったし、三船敏郎が森に殺意を抱く目もクローズアップされていた。女の対決の場面での久我美子も然り。これは「目」の映画でもある。
そして、森雅之と原節子が香山家で出会う場面。森が玄関に出てきて驚いたように目を見開いて胸に手を当てて先をじっと見つめてテーマ音楽が流れる。その先に雪に手をはらう原節子の姿が。美しい。小津映画では見せなかった、いかにも気の強そうな「大人」のオーラが最初から出ている。二人の視線をカメラが往復して捉えて、原が一体何を見ているのかという様子で玄関の外をみやる。
といった調子で全シーンを語りたい。この映画は。ここでも、いきなり原節子と千石規子がにらみ合うシーンが。本当にメンチをきりあうのが極端に多い映画である。
それにしても、原節子の冷然として傲慢な様子、気品と言ったら。本当に恐ろしい。笑い声まで野卑で品がない。でも美しい。その原の圧倒的な存在感。そして、森が殴られてからまたしても原と見詰めあうシーン。
もうこれだけでお腹一杯である。しかし、すぐさま夜の東畑邸の圧倒的な名場面が続くのだ。この、香山家と東畑邸のところは本当に好きで好きで仕方がない。
原節子が花瓶を見つめる恐ろしい目。花瓶をなぎ倒す凶暴な狂気。そして、またしても森と原が正面から見詰めあうのをカメラが横から映し出す。以下、原のこわい目、涙、こわい笑い声。もう理屈ぬきである。二人が何度目か分からないくらい正対して立って見詰めあうところで、三船の一行の中の一人の女が驚いたように森の顔をのぞきこむところが妙に印象的だった。
とにかく、この一連の場面での原節子と森雅之はすごすぎる。どんな恋愛映画でも、二人がこんなに何度も何度も真正面から向き合って見詰め合うのも本当に珍しいだろう。
このシーンはずっと感動しっぱなして観てしまうのだが、原節子が燃え残った現金を香山の上に乗せて「よござんすか」と啖呵をきるところはヤクザ映画の女のようて、ちょっと笑ってしまった。
さすがの三船敏郎も、前半部分では森と原がすごすきて、添え物的にも見えてしまう。しかし、後半に入って三船と森が会話する辺りから断然存在感を発揮してくる。
特に三船の母親のところへ二人でいくシーンがよい。母親は信心深くてすでにボケてしまっている。三船がウィンクするところのかわいこと。いや、三船というより、ここでの赤間伝吉も本当は心が純粋そのものとという設定で、それがあの恐ろしくも素晴らしいラストにつながってゆく。
あまり笑わない三船が笑うと大変魅力的だ。そう言えば、「野良犬」で志村刑事宅で、志村のつまらないジョークに人のいい笑いを見せるところも何とも印象的だった。
そして、先述したように森を三船のすごい「目」がつきまとう。
原節子と久我美子の対面のシーン。会う前には原節子が、久我を天使のように思っていて「会うのがこわい」と言って澄み切った目で不安そうな様子をみせる。黒いコート姿が本当に美しい。(度々美しいと言って申し訳ない。でも美しいのだ。正直この映画の原節子を私は愛しているのだ。よく言う。)
そして、久我本人が現れるとこわいものでも見るように何も見逃すまいとまじまじと見つめる。そして、久我が笑顔で原を見つめようとするが、目が合った瞬間に笑顔が消えて、久我も原をにらみ返す。「女が女を理解した。」瞬間である。
もはや、二人の間には憎悪しかない。原が久我を見つめる目、表情の恐ろしいことといったらない。そして、二人が正面衝突に至る。久我美子は、正直全体的には三人と比べるとかなり物足りないのだけれども、この場面でのヒール的役割ということではよくやっているかもしれない。原の「こんな焼きもち焼きのお嬢さんを、天使か何かのように想像していたんですからね」のセリフが何とも印象的。
そして、この場面で原節子が、一度は森雅之を心配しながら、気を変えて久我美子と勝負しようとする狂気じみた様子。原節子のこの尋常ではないテンションの高さは一体何なのだろう。本当に素晴らしい。
しかし、何と言っても最後の晩の三船敏郎と森雅之が、映画の映像としては最高である。蝋燭の火の照明で、二人の様子が様々な陰影と角度で映し出される。
三船の顔と様子が、どんどん子供に戻ってゆく恐ろしさ。状況を森と三船に会話させて解説してしまうのが見船らしいところだが、最後は言葉など必要ない映像に収斂する。
三船の正気を失ったところの本当に少年のような顔と澄みきった目が忘れられない。これも、完全に演技など超えてしまっている。森が三船の顔を、子供に対するようにさする。そして、その森のもはや人間とはいえない呆然とした無心の表情。背後では鐘の音が鳴り続ける。

久我美子も、三人と並んで重要な役である。勝気で我儘な若い女の感じは良く出ている。特に、原節子との対面の場面での演技はよかった。しかし、役柄的には、それがそのままかわいくて美しくて純真に感じられなければいけないはずだが、単に勝気なところが勝ってしまっているように感じる。他の三人と比べては酷かもしれないが。ただ、これは女性の個人的趣味も関係しているのかもしれない。久我美子ファンには怒られしまうか。
脇では、香山睦郎の千秋実が素晴らしい。卑劣で小心な男の感じが良く出ていた。特に東畑家の夜会で、現金が燃えるところで意地をはって我慢するところ。
志村喬は、実はすごく難しい役で志村にしては珍しくキャラクターがかたまりきっていないような気もする。東畑家の夜会の場面で、亀田の財産の告白をするところは、志村らしかった。
ドストエフスキー原作だけに、家庭での会話が全然日本らしくない。そして、東山千栄子
は、いかにも無理して喋っている感じがしてしまう。「東京物語」のイメージが強すぎるのかも知れないが。
柳永二郎の東畑の原に未練タラタラのスケベオヤジぶりもハマっていて見事だった。
なお、原作と映画の比較、関係については昔に書いた事がある。

MONOGUSA blog 原節子のナスターシャ・フィリポヴナーーードストエフスキーと黒澤明の「白痴」

それにしても、オリジナルの四時間半が観たい。何とかならないだろうか。

この映画のテーマである、純真で汚れがない子供のような心というのは、黒澤映画で何度も何度も繰り返し出てくるテーマである。
デビュー作の「姿三四郎」から遺作の「まあだだよ」に至るまで。「生きる」もそうだし、言い出したら全てそうだ。全然そうは思えないような「生きものの記録」も実はそうだと思う。
そのテーマを一番ストレートに取り上げた本作が傑作にならないわけがない。
posted by rukert | 映画
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