2012年09月12日

黒澤明「静かなる決闘」



「酔いどれ天使」に続く三船主演作。外科医が梅毒に感染して人知れず苦労するという話。
三船が前作のヤクザとは対照的な知的で良心的な医師の役である。黒澤は同じ役者に全く違うタイプの役をさせるのが好きだが、三船にもいきなりそれを求めている。
三船自体は抑制した演技で基本的にうまく応えていると思う。三船は地のキャラクターが強烈過ぎるのでも何をやってもミフネになってしまうが、実は各役を器用に的確に演じ分ける。
但し、ここでの役は、梅毒のもつ重みとか男女関係の価値観があまりに現代と違いすぎるので正直言って共感しにくい。
溝口のような長まわしで三船が心中を激白するシーンも、セリフの内容があまりに生真面目で古い価値観なので、三船の演技の迫力はすごいと思いながらも、なかなか入り込めないところがある。黒澤自身もこのシーンには「身を震わせるほど感動した」そうだが。
志村喬は三船の父親の医師で、上品な人物の役。「酔いどれ天使」や「醜聞」とは全然違うが、やはり見事になりきっている。
三船の場合は地をいかしながら実は知的に役を構成し、志村の方は完全に役のキャラクターにそのまま成りきるタイプだったような気がする。
大映で撮った作品なので、その専属の役者も登場する。三船の恋人役の三條美紀も大変綺麗な女優さんだが、演技に少し古さも感じさせたりする。
梅毒の男の植村謙二郎も、やはり大映専属だそうで、なかなかアクの強い役者さんだった。
中北千枝子が梅毒をうつされる妻の役で、「酔いどれ天使」よりは、「らしい」役だった。すごくフツーな感じが貴重で、成瀬映画などにも多用されたのだろう。
しかし、この映画は何といっても千石規子である。アンニュイでだらしない感じの不思議な雰囲気を醸し出すのだが、存在感が強烈で三船や志村と対峙しても一歩もひけを取らない。
三船の激白するシーンでも、感極まって泣き出すところの表情と泣きっぷりの凄まじさ。先ほど言ったとおりに、三船のセリフに今ひとつ感情移入出来ないのだが、この千石のほとんど原始的な泣き方にはすっかりやられた。
この千石という人は、その様々な感情がものすごく素直に表に出てくる役者で、それが端的に表現されたシーンだった。
そして、三船に梅毒でもいいから女になりたいと告白するシーンもよい。三船は「それは自己犠牲かい」とか言って、冷静に戻るのだが。
また、植村謙二郎が死んだ胎児を見て正気を失うシーンで、千石が廊下の奥から歩み寄って驚くシーンもなかなか映画的でよかった。
ラスト近くでは、千石が中北相手に梅毒治療について励ましながら、それが同時に三船への思いの告白になっているシーンがある。
当初の不良じみたメイクや格好とは対照的にサッパリした表情である。千石の場合は、前半の拗ねている娘の方がハマっているところもあるのだが、その変身ぶりもなかなか見事だった。
映画はそこで終るが、三船と千石のその後がどうなったか、大いに気になるところである。ここはハッピーエンドを見る人間が勝手に想像してもよいところだろう。

posted by rukert | 映画
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