2011年03月09日

山田洋次監督「男はつらいよ 翔んでる寅次郎」第23作メモ



桃井かおりがマドンナ。私は桃井かおりが嫌いじゃないし、NHKの「男たちの旅路」での鶴田浩二とのからみなど、とってもよかった。しかし、なんとなく「男はつらいよ」だと違和感のようなものを抱いてしまう。あの独特の桃井かおり的な喋り方・雰囲気が、初期の頃の古きよき時代の「男はつらいよ」ワールドと微妙な齟齬がある。少なくとも個人的にはそう感じる。
私が全作見たのは、渥美清が亡くなってから、テレビで色々放映されたのを見てすっかりはまったのがキッカケだった。その時も順番にみていったのだが、初期から中期のコメディ色の強い作品が気に入って、後期作品群には、ちょっとついていけないものがあった。但し、NHKのBSで全作放映された際にもう一度全部見たときには、後期のものもなかなか楽しめたのである。今回、ついに三度目なのだけれど、どう感じるかは分からない。
そもそも、寅という存在が、初期の時代には違和感なくとけこむ存在だったが、この辺りになるとむしろ寅が時代に取り残されかかってくる。というわけで、初期の寅を愛してやまない私などは、この辺りからは色々複雑な思いをしてみることになってしまうのだ。
マドンナとの関係でも、若いマドンナの際は、さすがに寅がストレートに恋の相手になる設定は無理なので、若いカップルの恋の指南役という設定が増えざるをえない。勿論、それもそれなりに楽しいのだけれども、やっぱりそこは「シリーズ的につらいよ」ということなのだ。

「寅の夢」は、マッドサイエンティスト寅篇。夢に出るくらい、ひどい便秘だったのかというオチである。二階が爆発するパターンは中村雅俊でもあった。

起きた病院の看護婦役で、旅一座の大空まゆみの岡本茉莉登場。なんだか、ヒッチコック映画のヒッチコックみたいな登場の仕方である。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、寅が財布を拾おうとするが子どものいたずらで、子どもを追いかける途中にカップルに蹴躓いて、カップルの男同士が大ケンカになるというパターン。最後は、女が男より強いというオチで、冒頭の結婚式で女の方が落ち着いているという話とつながる。ウーマンリブ(死語)の時代ですか。

寅が満男に「英語を勉強しないとオレみたいになるぞ。」というのに、おいちゃんが真面目に「寅でなきゃ言えねぇセリフだ」というのがおかしい。

満男の作文は、寅に読ます前に、博もさくらもちゃんと読んどけよっていう話です(笑)。


寅がたたき売りする、密輸ものだというイタリアもののネクタイ。絶対にそうじゃないというのが吊るされているし。

桃井かおりの前でやる「寅のアリア」。いい話なんだけど、寅がやるとなんとなく妄想的でおかしい。考えてみると「寅の夢」のようなものだ。

松村達雄、桜井センリ、犬塚弘といった準レギュラーがちょい役で顔見せする。

御前様が、源ちゃんを鐘の中に入れて鐘を叩くのは完全に虐待だ(笑)。絶対に良い子はマネしてはいけません。

木暮実千代登場。気品があるけれど、溝口、成瀬、小津といった巨匠の映画に出演した全盛時代を見た身としては複雑である。

小暮の敬語についず、珍妙な敬語を披露するおばちゃん。日本語の敬語は難しいです。

寅が「お盆がひっくりかえっちゃってさ、中の水がかえってこないんだろ」に、真顔で絶妙の間で「覆水盆に帰らずですね」と返す博。「縁は異なもの味なもの」でも、このパターンがあった。

布施明が桃井かおりに「元気?」と問いかけたのに、「はい」と答える寅。要するに寅が一番おかしいのは、こういうところだ。作品が変質していっても、こういうのがあるから見てしまうのだ。

布施明に寅が「失恋については、オレはだれよりもくわしいからよー。」と自分をしっかりみつめた発言をする。

布施明がとらやに入りにくくて、「ここが、とらやでしたか」というのは、寅のパクリである。

結婚式のシーンでは、笠智衆が歌を披露する。考えて観ると豪華だ。小津の「彼岸花」を思い出してしまった。

寅が羽織袴で、うんこをする仕方をする話。面白いけれど、初期の作品なら。もっと全然違和感がなかっただろうなと思う。本当に長い時代にわたっているから48作続けるのは大変だし、よく続いたものである。


posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 男はつらいよ
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