2011年02月13日

成瀬巳喜男「夜の流れ」感想

1960年。成瀬巳喜男監督と川島雄三監督の合同監督。リアリズムの成瀬と実験的な川島の共同作業で、成瀬が古い世代の側と料亭の場面等、川島が若い世代の側と芸者屋等動きの多い部分を撮影したと検索すると共通して書かれている。そんな感じもするが、どんな二人の分担の可能性があるか、あくまで仮説の話として列挙してみよう。

1.成瀬が中心監督で、山田五十鈴、司葉子、三橋達也の三角関係ドラマ(以下山田五十鈴エピソードと略)、草笛光子、宝田明、北村和夫の三角関係(以下草笛光子エピソードと略)の二つの中心ドラマは成瀬が撮り、他の断片的な芸者エピソードを川島が撮った。

2.二人が対等な立場で、成瀬が山田五十鈴エピソードと料亭の静かな場面を、川島が草笛光子エピソードと芸者が元気に活躍する場面を撮った。

3.二人は対等だが、実は観客を騙していて、成瀬が草笛光子エピソードを、川島が山田五十鈴エピソードを撮った。そして小エピソードも実は二人の個性の逆のシーンを撮っている。

4、川島が中心監督で、山田五十鈴エピソード、草笛光子エピソードなど中心部分を全部撮って、ベテラン成瀬は自分が好きな場面だけを一分撮ってサポートした。

5.二人できちんと撮りわけずに、常に二人が同じ場にいて、一応各シーンの責任者を決めるが二人が意見を出し合って文字通り共同作業した。

普通に考えると、多分2なのだろうと思う。但しもこういうのは疑い出すとキリがない。山田五十鈴が三橋達也に別れたくないと自分の後ろの障子を閉めて「女」を全開させて迫るシーンなど、成瀬らしいが、こんな露骨な撮りかたは成瀬はしないのではないかと。また、成瀬映画では、女の方がしっかりしていて男がダメという一般図式があって、ここでの山田的な男にすがる女というのは成瀬は実は好きではないのではないかと。
一方の、草笛光子エピソードの方は、動きもあって普通に考えれば川島だが、草笛=しっかりした女、北村=ダメ男というのは、実は成瀬好みのパターンだったりする。
だから、観客を騙して二つのエピソードを普通思うのとは逆の監督が撮っていたら面白いと思う。多分そうではないだろうが。
司葉子が三橋達也に対して男の卑劣さを厳しく指弾するシーンは、これはいかにも成瀬的だし、やはり成瀬が山田エピソードを撮ったのかなぁ。
冒頭のプールで、司葉子その他ほとんどの女優(草笛光子姉さんまで)が水着姿を披露しているのは、これは川島撮影なのだろうが、もし成瀬が撮ったのならおかしい。そういう勝手な想像をする楽しみがある。
市原悦子(「家政婦は見た」まで芸者役で出ているのだ)がガス自殺を図って、三益愛子が「するのなら、他のところでやっとくれ。迷惑だ」と言い放ち、そこに芸者が飛び込んできて犬か猫が巻き添えで死んでしまったのを嘆く辺りはなかなかいい。こういうのは成瀬好みのシーンだと思うのだが、実は川島かもしれなくて断言できなくて困る(笑)。
他に、若き日の岡田真澄が英語教師のコミカルなチョイ役で出ていたりして面白い。
正直、共同監督ということであまり期待しなっかたのだが、様々な要素が組み合わさっていて楽しい映画だった。共同監督が成功していると思う。成瀬の「流れる」の現代版のようで、数多く登場する芸者たちの豊かな個性も楽しい。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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