2011年01月28日

木下惠介「カルメン故郷に帰る」感想



最近、昔見た古い映画―中には細かいところはすっかり忘れてしまったものも多い―を手当たり次第に見ているのだけれども、結果的に亡くなった高峰秀子の追悼のようになっている。私はどちらかというと原節子派なのだけれど、やはり日本映画に対する全般的な貢献や日本の女優らしさという点では高峰秀子の方よとるべきなのかもなのかもしれない。もっとも、二人は全然個性が異なるので比較しても無意味だけれども。
1951年の作品。国産初のカラー映画である。この年には、小津の「麦秋」、黒澤の「白痴」、成瀬の「めし」も生まれていて、とんでもない年である。まさしく、日本映画の黄金期だ。どうしてこの時代の映画は、どれもこれも例外なく素晴らしいのだろう、。
ほとんど、屋外ロケで浅間山が美しい。木下の人物の描き方も、全く曖昧にところがないがそれでいてキメ細かでもある。どの人物も、悪役を含めて気持ちよいのだ。
この映画から受ける感触に、どこかしら覚えがあると思ったら、ジョン・フォードの西部劇だ。広々とした山の光景、馬が働き、牛が放牧される。そして登場人物はみんな例外なく人の良さを残している。都会で働くカルメンを含めて、都会人ではなく、「西部劇」に登場する人たちのようだ。
笠智衆の校長がとてもよい。見事な一本背負いを披露して悪役の丸十を投げ飛ばしたりするのだが、その後に「教育者たるワシが、しかし後悔はせん」とか何とか言う、全てそんな調子で、のどかそのものなのだ。笠智衆の真面目で不器用で実直な個性がすごくいきている。
他の役者のキャラクターも分かりやすい。佐野周二の盲目で心が美しい村の音楽家、それを馬をつかって女手一人で働いて支える聡明で美しい妻の井川邦子。真面目で爽やかで純情な高校教師、佐田啓二。悪役の丸十もその手下もどこか憎めない。
カルメンの姉役の望月優子が、人懐っこくて人がよくて明るくて田舎の人のいいお母さん的でハマリ役である。成瀬の「晩菊」でも素晴らしかったが、この時代の個性的で魅力的な貴重なバイプレイヤーの一人である。
高峰秀子は、自分では芸術家と言っているが、実は都会でストリッパーをしている。と、ウィキペディア等、どこにもそう書かれているのだが、そういう設定なのだろうか。坂口安吾のエッセイなど読むと、あの時代にはレビューダンサーというのがいて、銀座などのダンスホールでセクシーな衣装で踊っていたそうだ。それは、一応いわゆるストリッパーとはちょっと違うと思うのだけれども。カルメンも友達も、自分たちの踊りを「芸術」と呼んでいるので、彼女たちの仕事は、東京のダンスホールの踊り手なのではないだろうか。よく分からないのだけれども。
とにかく、高峰秀子が伸びやかな健康美を惜しげなく披露して、浅間山をバックにダンス仲間の小林トシ子と踊るシーンは、なんとも不思議で美しくてよい。
田舎の人間たちも、彼女たちを尊敬するわけでもなく拒否するわけでもなく、憧れるわけでも見下すわけでもなく、彼女たちの存在と踊りを楽しんで逞しく受け入れてしまうのだ。日本の田舎は意外に排他的ではなくて、外国などの異質な文化を寛容に受容する。実際に東北の一部など。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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