2009年08月01日

小林秀雄 「モオツァルト」

小林がこれを書いた頃とは現代ではモーツアルトの音楽に対する考え方も当然全然変わってしまっている。特に現代においては古楽器派の演奏や使用楽器や考え方の影響を無視するのは無理で、かつてのモーツアルト演奏が、どんな種類のものであれ「ロマン派主義」のレッテルを貼られかねない。私は別にクラシックマニアではないが、それても古楽器派の演奏に始めて接した頃は、それは新鮮に感じて夢中になった。でも、飽きるのも早かった。演奏以外でもアーノンクールなどが挑発的に議論をふっかけていることは、面白し学ぶべきことも多いのだが、結局演奏が好きになれない。古いとされるタイプのモーツアルト演奏、一時代前の巨匠演奏家がの「ロマン主義的」モーツアルトに結局強くひきつけられてしまう。最近、ヴァルター・ギーゼキングのモーツアルトピアノソロ作品集をたまたま入手したのだが、やっと理想的なモーツアルトに出会ったと感じた。彼の演奏は「新即物主義」とされて音符を忠実に再現するといわれるものだが、多分現代の目からすると、本来のモーツアルトの時代の演奏スタイルとはかなり違うということになるのだろう。しかし、そんなことはどうでも良いくらい、一切挟雑物のないモーツアルの音楽、昔の巨匠にしかない品格とかこせこせしたところのない柄の大きさが素晴らしい。いつまで聴いていても飽きないモーツアルトである。
さて、小林のモーツアルト論というのも、かなり「文学的」だし、音楽そのものに即すると言うよりも、モーツアルトの音楽精神に対する哲学思想的「説明」とも受け取れてしまう。時代的に制約されたロマン主義的モーツアルト像といえるかもしれない。しかし、そんなことが一体なんだというのだ。小林が「かなし」と言ったり一切感傷性のない音楽といったり、吐息のように短いテーマとその自然な発展とか色々な言い方で表現しようとしていることは、今でも正しい。それは、昔の教養人の歴史的に相対的なモーツアルト観といったものでも無いし、文学趣味によるモーツアルト語りでもなく、モーツアルトの音楽自体を直截的直覚的に捉えていると思う。音楽のかんしゃくや演奏様式は時代よって当然変遷する。しかし、古いタイプの演奏だから意味がないというのくらい、つまらないくだらない考え方はないと思う。
もっとも、音楽について、こういうことはいくら言葉尽くして説明しても虚しいところである。結局私がいいたいのは「小林がモーツアルトの音楽について言っている事は、とてもよく分かる。」ということだけなので。
小林は、この時期の「無常といふこと」でもそうなのだけれとも、「死」についての言及が多い。当然、戦争で色々なものを見たり体験した色濃い反映なのだろう。モーツアルトの手紙からも、このような引用をしている。
二年来、死は人間達の最上の真実な友だという考えにすっかり慣れております。−−僕はまだ若いが、恐らく明日はもうこの世にはいまいと考えずに床に入った事はありませぬ。しかも、僕を知っているものは、誰も、僕が付き合いの上で、陰気とか悲しげとかいえるものはない筈です。僕は、この幸福を神に感謝しております。

同じ音楽エッセイの「バッハ」でバッハ未亡人の著作について扱った最後にもこんな部分がある。
夫の音楽の精髄については、かう言って夫を笑はしただけだ。「人間がみんな聾でも、貴方はやっぱりかういふ音楽を書くに相違ない。」この冗談には、恐らく彼女の万感がこもっていたので、バッハの死後、彼女は同じことを非常に明瞭に書いたのである。長いから引用はしないが、それは次のようなことだ。これは早くから感じて驚いていたことだが、彼はそのことについて一言も語らなかったし、私たちは幸福で多忙だったし、熟考してみる暇がなかったことなのであるが、それは、バッハは常に死を憧憬し、死こそ全生活の真の完成であると確信していたという事だ、今こそ私はそれをはっきりと信ずる、と。
小林の魂が、こうした部分に深く共鳴していることは、言うまでもない。そういう、小林の感じ方は、変で不自然なものなのだろうか?そんなことはない。「無常といふこと」の最後でこう述べているように、おかしいのは現代人の方なのである。今もそうだ。
現代人には、鎌倉時代のどこかのなま女房ほどにも、無常といふことが分かっていない。常なるものを見失ったからである。

posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄
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