2009年03月20日

新藤兼人「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」



溝口健二の映画、人間についての膨大な証言をあつめたドキュメンタリー風フィルム。とにかく、徹底的に調査取材を行っている。インタビューに登場するのも、田中絹代、山田五十鈴、京マチ子、木暮実千代、若尾文子、香川京子、入江たか子、浦辺粂子といった女優たち。さらに、進藤英太郎、小沢栄太郎、宮川一夫、依田義賢、永田雅一、川口松太郎という具合である。彼らがし実際に話すのを見ることが出来るだけで、もう十分なくらいだ。
私はこれを見て、溝口作品を全て見たくなったのである。
溝口は、人間的には人格円満というタイプではなく、良いところもあれば欠点もあるというタイプだったようである。新藤は、基本的には溝口のそういう人間味を温かく見守り肯定しようという立場である。そもそも溝口映画というのが゛、弱い欠点だらけの人間に対して深いところで優しい目を注いでいるという種類の映画だった。
但し、現実問題として、迷惑をこうむった人間も多い。例えば、入江たか子は「楊貴妃」に撮影途中で降ろされていて、この映画の中でも入江本人がその経緯について語っている。女優にとって、途中で降ろされるというのは致命的なことである。映画を撮ることに夢中になるとそういうことも平気でしてしまう人だった。また、その楊貴妃に出ることになった京マチ子も、あまりに厳しい演出のためもう溝口映画には出たくないと思ったと証言している。若尾文子も「赤線地帯」の時に色々言われてついには「顔が悪い」とまで言われたそうである。大監督だと思って皆我慢していたのだろうが、女優たちが当時のことを思い出したのか、柔らかい口調ながら憤懣を語っているのが面白い。
溝口自身の生涯についても、追っている。若い時に売春婦に情痴騒ぎで切りつけられたこともあるそうで、その他にももやはり色々「女性を愛した」人のようである。そうでなければ、ああいう男女の関係の描き方をするのは不可能だろう。
とにかく、撮影に対する熱心さと集中力は凄かったようである。俳優たちの証言からも、彼らをギリギリまで追い込む演習方法が伝わってくる。また、集中がそがれるのが厭で、現場に尿瓶を持ち込んで決して撮影場から離れなかったそうである。
田中絹代が「雨月物語」の、あの森雅之とのラストシーンについて語っている。難しいシーンだが、森も田中も会心の演技をして、田中もクタクタ、森も普段はタバコも吸わないのに、その時ばかりは極度の緊張から開放されたのか、タバコを要求した。そして、火をつけようとしたがうまくいかなかったのだが、溝口がすかさず駆け寄って、ライターを差し出したそうである。普段は役者には絶対そんなことをしないのに。しかも、その表情というのが、今まで見たことがないような、いとも満足という表情だったという。本当に命がけで良い映画をとることだけ考えていた溝口と、それに応えた森や田中という名優たちの雰囲気が伝わってくる話である。
このドキュメンタリー映画を見ていると、結局溝口は映画をつくることだけ考えて生きた人間であること、人間的には色々欠点もあったが、そういうものが全て映画をつくるために収斂された人生だったと、自然に納得する。とても優れた作品だと思う。
ちなみに、溝口は田中絹代のことをリアルで恋していたらしい。決して実際に告白するようなことはなかったが。周りのスタッフは、皆気がついていたらしい。新藤は田中にそのことについて聞いている。その場面では、新藤もどうしても言いたかったのか、かなり執拗に田中に迫っている。しかし、田中の基本的な答えは単純明快である。監督としては心から尊敬していたが、一個人としては愛する対象ではなかったと。
こんなフィルムのでまで、田中に振られているのが溝口らしいともいえるだろう。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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