2009年02月26日

小林秀雄全集 第三巻 私小説論

(私が使っているのは、現在の全集ではなく、すこし前のものです。)

小林が当時していた文芸時評の文章が中心である。さすがに時代の違いを感じて、少々退屈である。そういえば、初めて全集を読もうと思い立ってチャレンジした時も、この第三巻でつまらなくなって投げ出し、結局あとは興味のある批評文だけ読んだのを思い出した。今回はとにかく通読だけはしたのだが。

「私小説論」では、日本の私小説の西欧とは全く異なる事情について述べている。「私小説論」に引用されている久米正雄の言葉。
芸術が真の意味で、別の人生の「創造」だとは、どうしても信じられない。そんな一時代前の、文学青年の誇張的至上感は、どうしても持てない。そして、ただ私にとっては、芸術はたかがその人々の踏んできた、一人生の「再現」としか考えられない。
たとえばバルザックのような男がいて、どんなに浩瀚な「人間喜劇」を書き、高利貸や貴婦人やその他の人物を、生けるがごとく創造しようと、私にはなんだか、結局、作り物としか思われない。そして彼が自分の製作生活の苦しさをもらした、片言ほどにも信用が置けない。(中略)そういう意味から、私はこのごろある講演会で、こういう暴言すら吐いた。トルストイの「戦争と平和」も、ドストエフスキーの「罪と罰」も、フローベールの「ボヴァリー夫人」も、高級は高級だが、結局は偉大なる通俗小説に過ぎないと。結局、作り物であり、読み物であると。
これが当時の私小説作家の率直で正直な感想である。小林は言う。日本の私小説作家たちの「私」は、十分に社会化されてない「私」であり、そういう「私」に充足して私のことを書けばそれで事足りた。そして、私小説でない小説は、結局作り物にしか思えなかったのだと。一方、西欧の小説では、全く事情が異なる。作家たちは、十分に歴史の蓄積をそれぞれが抱えて社会的な「私」を体験している人たちで、彼らの小説はあくまでそういう背景の下に成り立つものである。日本では、そういう歴史的背景や意味が一切捨象され、その小説テクニックのみをそれぞれが勝手に受け入れてしまった。だから、本当の意味での影響など起こりうるはずもなかったと。
一方、マルキシズムの洗礼と社会の混乱により、今の作家は、技法的には稚拙だとしても、社会的な私というものを意識せずにはいられなくなった。それだけは確かだと。だから、昔のような「私小説」は、もはや書けない。しかしフローべールの「ボヴァリー夫人は私だ。」という公式がいき続ける限り、私小説は別の形で現れるだろうと。
というのが、おおよそ小林のいっていることである。とても分かりやすい。ところで、現代日本では事情はどうなのだろう。
とはいっても、私自身が、もうほとんど同時代の「小説」を読んでいないのだ。だから何も言えない。ますます人は小説を読まなくなったということぐらいしか言えないのだが、少なくとも本格小説のようなものが今時はやらないことだけは確かだ。
小林の言うように日本人の「私」は果たしてある程度社会化したのか。多分、そのこと自体が疑問なのである。当時はマルキシズムという嵐が吹きあれていたので、そういう錯覚に陥ったのかもしれないが、結局日本人は本当に思想を思想として受け入れることは結局回避したままだったのではないだろうか。私小説作家たちの前を、西欧の本格小説が通り過ぎていったのと同じように、マルクス思想も当時の知識人の前を通り過ぎていったのだと思う。
それは、決して昔の話ではなく、現在の我々自身の話でもある。どうしても社会化や理論化を拒む根強い「私」が日本では生き続けている。生き続けざるをえない。その「私」は、決してきっちりとした形を持たないがゆえに、フニャフニャとした柔軟で変幻自在な形を融通無碍に取り続け、いまだに生きている。現在の小説が、かつての私小説とは外見上全く異なるとしても、本質的には私をそのまま信仰する態度は無意識に生き続けているはずである。むしろ、現代では、誰も思想など信じていないので、そういう傾向は幼児的な形で蔓延している。
という、ありがちな日本人論をつい語ってしまったが、小林の私小説論を読んでいると、現在も本質的には事態が全く変わっていないと、多分誰しも感じざるをえないのではないかと思う。

サント・ブウヴについて語っている部分が面白い。ブウヴを語りながら小林自身の批評態度を語っているからだ。
「僕はもう長い間考えていることだが、僕らは批評する時に、他人を判断するよりはるかに多く自分を判断しているものだ。」この言葉は決して難しい言葉ではない。凡庸な批評家も同じことを言うのである。大事なのはどのような深さでサント・ブウヴは、こういう言葉を理解していたか、こういう言葉を吐くときに、彼はどのような苦さを味わっていたか、彼のいう「自分」とはどのような「自分」であったかということだ。
批評は常に冷静な観察であるとともに情熱ある創造である。そういう立場に批評家が立っていることは難しい。それは立場というようなものではなく、むしろ凡そ立場というものに関する疑惑を不断に燃やしていることに他ならないからだ。疑惑の中にこそ自由がある。それが批評精神の精髄である。サント・ブウヴはこれを毒といった。薄められた毒から人々はいろいろなことを学ぶであろう。しかし、真に学ぶとは毒を飲むことではあるまいか。

巻末には、小林の軽いエッセイがいくつか収録されている。なかなか面白い。要するに小林は単なる酔っぱらいである。坂口安吾の「教祖の文学」では、小林が水道橋の駅から墜落して九死に一生を得た話が紹介されている。安吾は言う、小林は理論的できっちりとした煮ても焼いても食えない人のような印象を文章から与えるが、実はオッチョコチョイだと。
ここでも、まったくスキーを滑れもしないのに山スキーをして転びまくりながら必死の思いで降りてきた話やら、横須賀線の連結台の上で小便をして車掌に酔っ払って悪態をついたり、飲み屋で酔って勝手に店の寿司ネタを握って客に出したり、酔って旅館と勘違いして他人の家に乗り込んで酒を飲んだり、若い時によくも分からず山歩きをして遭難しかかったり、色々笑わせてくれます。小林の批評の本質とどうつながるかはよく分からない。まあ、そんなものを無理につなげなくてもいいだろう。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄
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