2009年01月28日

小林秀雄「手帖U」他

小林が引用している他の人の言葉で素晴らしいと思ったものをそのままいくつか抜き出しておく。どれも、私が下手なコメントを付け加えたりする必要などないものである。

「手帖U」
昨年の「新潮」十月号で、岸田國士氏の「劇団左右展望」といふ文を読んだが、そのなかに大変面白く思った一節がある。
「凡そ世界の演劇史を通じて、最も偉大かつ高貴なるモニュメントとして残るものは、チェホフの戯曲と能楽の舞台であろうとは、私のかねがね信じるところであるが、前者は、戯曲の生命に、はじめて決定的な文学的表現を与え、それを今日まで生かしている点、後者は、同じく、舞台の幻像が、最も単純な姿を以って最も深きに達している点、共に比類なき芸術と呼ばるべきものであって、何れも、東西演劇の原始精神が、期せずして、後世、見事な花を開いたとも云えるのだが、私は、この二つの例を並べてみて、全て、純粋なるものに共通な特質といふものをはっきり見出しえるような気がするのだ。」


「「夜間飛行」の序文中の私の言葉に、多くの批評家たちが、とやかくつっかかってきた。言葉といふのは「私は、私としては心理的に非常に重要な、次の様な逆説的真理を、著者サン・テクジュペリが表明してくれたことをありがたく思う。すなわち、人間の幸福は、自由の裡にはない、義務の容認の裡にある、という真理だ」という言葉である。そこで私は声を大きくして言う。この真理には何等逆説的なものはない、それどころか、久しい以前から認められ許されて来た(少なくとも当事者の間では)ものだ、ただこの真理を会得するのに、私には大変長い時間を要したといふその点が逆説的なのだ。ところでまた、この私の事情が当事者になぜ合点がいかないかといふと、個人主義といふものの極限にこの真理を発見するといふこと、その事こそ逆説的な事だからだ。私は出来ればかう付言したいと思っている、この真理が当事者に逆説的と映らないのは、彼らがそもそもこの真理を真に理解していないからだ、どの程度に受け入れるか、どのくらいのところまで味到するかによって、この真理の面貌は一変するのだ、と。自分を見出しては又見出すというところに、生きた真理はあるので、因習というものは、真理の形骸しか得させまいと、私たちを誘っているものだ。」(Andre Gide; Pages de Jounal)


「手帖 W」
恋愛を信用する人にも、軽蔑する人にも、兎も角観念的な現代人にとっては、素朴すぎるために大変理解し難い言葉。
「マルカがある男性が好きで、その男と結婚したとしても、彼女は大して誤ってはいない。恋愛とは、概して真赤な虚偽である。心的個人的分析的一面を過度に誇張したものです。もし女性がある男が好きで、その男が立派な男であったなら、彼女が恋しているよりもはるかにましですよ。恋愛の虚偽が必ず伴ってくる嫌悪すべき空想的完成の満足感を各自勝手に主張などせずに、そして結婚後も単に一個の男性と女性として、親切に接したならば、恋愛結婚の生む雑草とは違って強固な根を植えつけるでせう。もし貴方が親しい感情のもてる男を見出し、その男も貴方には親切であると知ったなら、結婚するんですね。恋愛なんか捨ててしまって。批判も自我もそこに沈めてしまう親しい心持で結婚できるならば、結婚なさい。
(引用中略)
人生のAからZまで知っている男性を、物欲しげな目つきで男性を探し回ったり、今後はしてはなりませぬぞ。他の文字は皆見落としていて、AとZを知っているかも知れない男もいます。――中の実を忘れて卵の殻を知っているように。一片の心の焔を求めなさい。アルファやオメガよりもはるかに良いものだ。人の心にある暖かさを尊重なさい。」(「D・H・ロレンスの手紙」、織田正信氏訳)

「梶井基次郎と嘉村磯多」

改めて小林の梶井基次郎評を読んでみると実に的確である。また読んでみたくなった。梶井の小説は、実に繊細な神経の表現なのだが、全然衰弱してなくて生々しく、動物的な生命感と言っても良いリアルな存在感があるのだが、そういうところを小林はさすがにきちんと見抜いている。
葛西善蔵や嘉村磯多については、この小林の批評に影響されて昔読んでみたことがある。二人とも、どうしても他人とうまくいかないように生まれついているような孤独な魂で、きわめて主観的な私小説なのだが、そういうところに偽りのない文章の真実の読み取って見逃さない小林独特のものの見方が面白いと思う。初期の小林は、特に観念的な嘘偽りに過度に敏感なところがあるので、当時流布していた虚飾の文学よりも、こういうものの方がよいというところもあったのかもしれない。
梶井の読みにしてもそうだが、決して観念的にならない対象の本質にじかに迫ろうとする態度なので、批評が古くならないのだと思う。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄
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