2008年09月23日

(メモ)小林秀雄「文藝時評の科学性をめぐる論争」

「マルクスの悟達」の反響を受けての文章。
小林は何度も言っているが、マルクスをイデオローグとしてではなく、ぎりぎりまで考え抜いた生きた思想家として捉えようとしている。当時、恐らくそんなことをしようとしていた人は誰もいなかっただろう。小林の言うことは、唯物史観階級闘争派文学者にも純粋芸術派文学者者にも、全く話が通じていなかったのだと思う。また、これもたびたび言っているがマルクスを唯物論者とも観念論者とも考えていないのである。
一体、人々は精神とか物質とか、観念論とか唯物論とかいふ言葉に、どうしてそんなに神経質にこだはっているのでせうか。「資本論」の第一巻第一章を読んで御覧なさい。あそこで、彼が商品を縦横に分析している方法は、観念論的方法なんですか、それとも唯物論的方法なんですか。どつちでもありはしません。
また、エンゲルスの言葉も引いていて、「無限なるものの認識」は「可能でも不可能でもある。そして、これが必要な全てである。」と。エンゲルスを借りて「無限なるものの」認識の可能性を明言している。しかも、純粋な科学的方法でである。
こうして小林の初期の骨っぽい文章を苦労しながら読んでいて感じるのは、彼がマルクスやエンゲルスの言葉を借りて、いや場合によっては彼らの言葉を曲解してと言っても良いのかもしれないが、小林のほとんど直感的で生来的なものの考え方を語っているということだ。後年になると、あまり論理的なことはうるさく言わなくなるし、一見科学性や論理性をどんどん放棄して行ったかかのようにも見える。でも、恐らくそれは見せ掛けだけである。というか「科学的」の意味が、やせ細った「科学的」とは最初から全然違うのだ。
例えば後期のベルグソン論。あれもとても怪しげな部分を含む文章だが、基本的には徹底して科学的に論理的な思考を貫くことで、いかに「無限なるものの認識」をどこまで出来るかを、ベルグソンと共に挑戦した実験記録とも言える。本人は誤りを自ら認めてベルグソン論を封印したわけだが、少なくともあれは小林が完全に「あっちの世界」に行っちゃった証明ではないと思う。むしろ、初期の論文同様、「こっちの世界」の方法でやれることをやりつくしてどれだけ「あっちの世界」を垣間見ることができるのかという態度で書かれている。そういう態度を貫き通したことが一番大切なことであって、結果的に小林のベルグソン論が正しいのか間違っているのかなど、つまるところどうでもいいことだと思う。「本居宣長」だって、基本的にはそういう態度で書かれている。
小林は、初期から晩年まで、全く変わらなかった人である。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 小林秀雄
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