2013年03月16日

木下惠介「肖像」

スカパーの衛星劇場で木下惠介生誕百周年を記念して、木下映画が放映されている。
この「肖像」は1948年の作品で井川邦子主演。
井川邦子が最初に登場するシーンが、いかにも気が強くて我が儘な女らしくておかしい。私はこの人を同じ木下の「カルメン故郷に帰る」や「二十四の瞳」くらいでしか知らず、こんな役もするのは知らなかった。全編を通じて難しい役を熱演している。
ちなみに、この人の「カルメン」での感じがとてもよくて顔も好きで、ちょっとこの映画にも出ている三宅邦子に似ているかなと思った。しかし、この映画ではもう少しふっくらしていてかなり感じが違うし、三宅との二人のシーンも最後の方であるのだが、やはり全然似てなかった。
映画自体は、菅井一郎演じる純粋な魂の画家に、井川が肖像画を描いてもらう事で、真の自己に目覚めるというストーリー。この映画の脚本は黒澤明が担当している。理想主義的で、少し甘いくらいある種メルヘンティックなところがあるのは、黒澤の「醜聞」とも通じ合うものがあると感じた。
菅井をはじめとする善意の画家一家は、多少現実離れしているのだが、木下の演出が巧みで不自然さを感じない。やはり大変な監督である。
例えば、井川が偽のお嬢さんを演じるのに堪えきれなくなって、もう肖像画なんかやめよう言いに行こうとしたら、菅井が商業的な絵本を書かされることに激昂して編集者と衝突して仕事をなくすのを見て、井川が気を取り直して着物をきる。それを全て見ていた小沢栄太郎がポツリと「おめぇも優しいところがあるんだな。」と言い、井川が「そんなんじゃないわ。」と返す演出などは実にうまい。
小沢栄太郎と藤原釜足が悪徳不動産屋ながら、根は善人という役柄を巧妙に演じている。
全体にストーリー自体は冷静に考えるとすこし現実とはかけ離れて無理があるのだけれども、木下の演出や役者の巧さによって、どんどん映画の世界に引きずり込まれてゆく。
最後の方で、井川が酔って自ら妾であることを三宅に告白し肖像画を破ろうとするところで、三宅が「もしあたしがあなたなら、この肖像画をこわすよりも、自分自身にナイフを突き刺すわ。」と言う。そして井川も身を立て直す事を決意するのだが、この辺は黒澤らしい脚本である。たとえば「酔いどれ天使」で彼はヤクザを徹底的に否定していた。
ただ、個人的にはこのように妾という存在をただ単純に否定してしまうのは少々違和感を感じる。
そして、井川邦子が同じ妾の境遇の友達の三浦光子と語り合うシーンが何度も挿入されるが、そこには妾という存在を簡単に否定しない視点がきちんと示されている。
勿論、黒澤がそういう脚本を書いたのだろうが、むしろこの二人の妾に対する優しい視線は木下の演出から感じられる。多分、脚本の黒澤と演出の木下の間には、微妙な世界観の齟齬があって、それがこの二人の妾のシーンによく出ているのではないかと感じた。
とにかく、木下演出と魅力的な役者陣のおかげで、私などは最初の方からすっかりハマッて最後まで見続けてしまった。映画の力である。
これからも、まだまだ木下映画をたくさん見たいと思った。実はスカパーを録画だけしてあって、ほとんどまだ観ていないのだ。
posted by rukert | 映画

島津保次郎「婚約三羽烏」

小津映画と言えば原節子だけれども、私は三宅邦子がかなり好きである。個人的にタイプ
なのである。
三宅邦子も原節子同様に小津映画の常連、小津ガールだった。
原節子はあまりにも美しすぎて、ちょっと日常的な女性の範疇を超えてしまっていて、あまり女性として愛すという感じにはならない。今年のお正月に「東京物語」のデジタルリマスターを観たのだが見事に復元されていて、原節子の美しさに陶然としてしてしまったのだった。
一方の三宅邦子の方は、もう少し「人間」らしい。とはいっても、あの時代の女優さんに特有の美しさがある。スッキリした顔立ちの華やかな美人で、ドイツ系の顔の女優だったとどこかで紹介されていた。
しかし、性格的にはアッサリした感じで女性特有の感情的な部分をあまり感じさせない。そういうところが小津映画にはピッタリで、だから小津もお気に入りだったのかもしれない。
「麦秋」でも「東京物語」でも、原節子の「お義姉さん」で、その役柄が実にシックリきていた。「麦秋」のラストで美女二人が海岸で語り合い、歩くシーンはとても素晴らしい。

この「婚約三羽烏」(1937)にも三宅邦子が佐野周二の恋人役で登場する。この作品は軽い洒落た恋愛コメディで、冒頭の二人のからみも大変おかしい。
佐野周二が不機嫌そのものの様子で二回の部屋から窓外を眺めている、部屋には三宅邦子の笑顔の踊り子のポスターが貼ってある。
すると、「ちょいと、まだそんなところで考え込んでいるの?」と女性の明るい声が聞こえてくる。三宅邦子が明るい顔で登場。三宅は当時二十歳ちょい超えくらいだが、大人っぽい。
佐野周二が失業状態で、三宅邦子が別れ話をしにきたのだが、男の方はウジウジしていして女の方はアッサリしたものである。
二人の会話がまた面白い。
三宅が最後の食事を佐野につくって二人で食べるのだが、佐野が「キリストの最後の晩餐みたいだ」とか「キミは原告だしボクは被告の立場だし」とか、グチグチこぼすのだが、三宅の方はは平然としたものである。友達がスターになったり、貯金して株をしたりと言い、佐野が「キミはボクがいるために貯金も出来ないといいたいんだね。」と言うと、三宅がすかさず「そうなの。」と即答。ひどいものである。
佐野が怒って席を立ち、今度こそ就職すると宣言するが、三宅は「今まで何度も待ちましたからねぇ。」といって一人で平気でご飯を食べ続ける。
そして、佐野はそのまま出かけようとするが、もじもじと戻ってくると三宅がすかさず「電車賃ですか?」。佐野が「いやお腹がすいてね」と誤魔化すと、三宅がご飯を手で指して「召し上がれ。」と返す。結局佐野は嬉しそうに電車賃を借りた上に、もう一度座ってご飯まで食べるのだった。
観ていてお腹がいたい。なんとも明るい男女の別れ話である。実によく出来たコメディで、三宅邦子のアッサリした感じがよくきいていた。佐野もこううい優柔不断な感じの男をさせるとよく似合う。
映画全体も、上原謙、佐野周二、佐分利信の三人をめぐる軽快な恋愛コメディである。
三人が入社試験を受ける際には、斉藤達雄も登場して、河村黎吉が女性客の演技をするところなども古き良き時代のコメディである。
高峰三枝子の良家のお嬢さん役もハマッてして、彼女の住む豪邸で見事な庭のシーンで、上原謙がホルンを彼女に吹いて聞かせて途中からホルンから映画の効果音で合奏にきりかえるところなど、なかなか洒落ていた。
当時の最新のファッショやジャズや風俗も今観ると新鮮で、色々な意味で大層「モダン」な映画である。
いかにも古い良い映画を見たなぁと感じさせられる。
posted by rukert | 映画
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