2012年09月26日

黒澤明「影武者」



今回WOWOWで黒澤全作品を改めて見て、黒澤明の映画もその人間も本当に素晴らしいと思った。だから、もう黒澤映画の悪口など言いたくはない。
でも、「乱」の時に書いたように、この「影武者」と「乱」だけは、やはり黒澤の名誉になるものとはどうしても思えないのだ。
いや、別に理屈で評価しているのではなくて、少なくとも私は退屈して現実に眠りそうになってしまった。
演出方法で、かつての黒澤流の過激な表現主義が失われて、妙に重々しい古典的な演出になっている。私はモノクロ時代のなりふりかまわない黒澤演出を愛してやまないので、こういう妙に取り澄ました演出が残念だ。高級大河ドラマ風とでもいうか。
映像自体についても、美しい事は美しいのだが、本当の黒澤の個性と言うよりは「きれい」な映像にとどまっていると思う。
でも、後期のカラーでは「どですかでん」「デルス・ウザーラ」「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」は好きだ。それらには黒澤らしい個性があるから。黒澤には、彼固有の独特なイマジネーションがあって、それがきちんと映像化されていた。
ところが、「影武者」や「乱」の映像の「美しさ」は、表面的にはきれいだけれどもそれだけなのだ。観るものの心に訴えかけてこない。
黒澤はもともと画家志望だった。そして後期のカラー作品では、画家としての表現を目指していたところが明らかに伺える。しかし、この「影武者」では画家が小奇麗な絵を描ことしすぎているのではないだろうか。黒澤は勿論偉大な映像作家だけれども、珍しくその悪いところが、「影武者」や「乱」では出てしまっていると思う。。
彼の他の後期のカラー作品も、決して画家の絵としても超一流ではないかもしれないけれど、そんなことより黒澤独特の感性、夢見る能力はちゃんと表現されている。だから、それらの作品を私は愛している。個人としての固有な資質の何かが映像として存分に表現されていれば、それは見るもののを動かし心に訴えかけてくるから。
ところが、この「影武者」では普遍的で古典的な美や完成度を目指しているので、それがかえって映像に心に訴える力がないように少なくとも私は感じる。
最後の戦場の馬などのスローモーションも、作者が劇的な効果を狙っていることを観るものはどうしても感じてしまう。そして、それがモノクロ時代の黒澤のような有無をいわせない説得力がないので、感動を強いられているような気がしてしまうのだ。
この「影武者」と「乱」で黒澤はあまりにも「立派で美しい」映画をつくろうとしすぎてしまったのではないだろうか。
何も考えずに見ている観衆も、そういうことには実はたいへん敏感である。よく見せようと力むほど、見る人間の心は離れていってしまう。
モノクロ時代の黒澤は、もう無我夢中でよく見せようなどと言う事など全く考えずに無心で映画を撮っていた。だから、あれだけの説得力を映画が生む。「白痴」などは、夢中で作りすぎて、不評だったり理解されなかったが、私はあれが黒澤の最高傑作だと信じている。あのなりふりかまわないテンションの高さと忘我がたまらなく好きなのだ。
後期の他のカラーでも、少し黒澤の自我を感じさせるにしても、基本的には無心に好きに映画をつくっている。だから、私はそれらの映画も好きだ。
「乱」ではそれでも黒澤らしい活気が感じられる場面も多々あったけれど、この「影武者」にはそういう部分も残念ながら欠けているように感じてしまう。
この映画は、公開当時から日本人の評者には評価されなかった。凄く良く分かる。それは理屈ではなく、この映画から受ける率直な感想だと思う。
「大系 黒澤明」第三巻の「影武者」の章には、松本清張が当時書いた「影武者批判」も収録されている。松本らしく、具体的な史実
に即して言っているのだけれど、基本的には映画をみて退屈だと思った印象が根底、基本にあるように思えた。それを具体的に説明しようとして色々書いているが、多分素直な感覚がまずあったのだと思う。松本は元々黒澤映画の大ファンだと断った上で批判している。
私は天邪鬼なので、今回はなんとか「影武者」のいいところを見つけようと思ってみていたが、結局眠たくなってしまった。
しかし、「大系 黒澤明」の中で、黒澤と対談した淀川長治はこの映画を擁護している。淀川は「さよなら」のおじさんとして有名だが、無論映画に対する鑑賞眼は本物だ。「影武者」の悪口ばかり書いていて後味が悪いので、淀川に敬意を表して最後にその発言を要約して紹介しておこう。こういうプロの見方もあるということで。
・長篠の合戦で馬が倒れていくところはよかった。あの馬がしつこくしつこく倒れるところに戦争の哀れさを感じた。
・影武者の見る夢に、黒澤らしい色を感じた。グレーじゃなくて強烈な色で。あの色は面白かった。
・勝頼と部下が二人で喋っているシーンがよかった。セットがいいと思っていると、その向こうの窓をパッと開ける、すると雪が降っている。こういうのが映画であって、なぜこういうところを褒めないのか。
posted by rukert | 映画
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