2012年09月20日

黒澤明「どん底」



多々ある黒澤映画の中でもラストが何とも印象的。貧乏長屋の連中が「あ、こんこんこん畜生、こんこん畜生こん畜生、地獄の沙汰も金次第、仏の慈悲も金次第、おやこっちはオケラだすってんてん、そばでも雨でも降ればいい、テンテンツクツク、テンツクツン・・」といって、全員が猛烈な勢いで踊りだす。強弱のアクセントをつけつつ大変な盛り上がりである。画面が猛烈にスウィングしている。これだけの感じは中々出せるものではない。理屈抜きの映像の力。黒澤が撮った奇跡的な画の一つだと思う。
最高に盛り上がったところに千秋実が飛び込んで来て、藤原釜足の「役者」が首をつったことを告げる。止まって呆然とする一同。首吊り現場を見てしまった根岸明美が顔面蒼白にして入ってくる。三井弘次のアップになって、カメラ目線になると「ちぇっ、せっかくの踊りぶちこわしやがった。バカがっ。」と言う。そして画面が突然切れて映画は終る。本当に素晴らしい。
江戸の貧乏長屋を舞台に、社会の最底辺を生きる者たちの人間模様を描いている。一応は三船敏郎と山田五十鈴が主役にクレジットされているが、全員が主役の集団演劇である。
従って黒澤映画に欠かせないバイプレイヤーたちが勢ぞろいして達者なところを見せている。その誰もが実に強烈な個性があってうまい。はたして、現代にこんな役者が少しでもいるだろうか。黒澤映画を支えた脇役たちを満喫する映画である。
貧乏長屋内の長回しのシーンも多いせいで常に映像に活気と迫力がある。
ゴーリキーの同名原作を江戸時代に当てはめているが違和感はない。同じような設定の現代版が「どですかでん」である。人物の設定や描き方はより自由にやっている「どですかでん」が面白いが、役者の質ではこちらが上か。
山田五十鈴が本当にうまい。「蜘蛛巣城」のマクベス夫人役も壮絶だったが。ここでは、三船に色情の未練や執着を示す女の業深さや弱さを存分に表現している。三船と二人のシーンでの女のしなや嫌らしさ、憎悪と愛情の表情、それでいて美しい。
一方で、香川京子をいじめたり三船の不幸を願う毒婦ぶりがすごい。時に三船が大家をアクシデントで殺してしまった際の、「ざまあみろ」という表情。本当にこわいのだけれども同時に魅力的なのだ。
三船敏郎はわりと人のいい純情な盗人で、そのキャラクターを正確に表現しているが山田のアクの強さと比べると印象が薄い。でも、それは三船のせいというよりは役の設定のためだろう。
香川京子は、取り乱して三船と山田を訴えて呪詛するところが良かった。「赤ひげ」でもそうだったが、単なる清純な役よりもこういう役の方が生き生きとしているように感じる。
三井弘次がラストを含めて大変印象的。独特のあの声ときっぷのよさ。
渡辺篤は、最後の踊りのシーンでの表情のつくりかたとか動作がうまかった。
左卜全は、ここでは珍しく物の道理をわきまえた優しい老人の役だが、本当にうまくなりきつていた。やろうと思えばどんな役でもこなせるのだと思う。それは、ここに出ている名脇役全員にいえるのだろうが。このキャラクターは「どですかでん」では渡辺篤の「たんばさん」に引き継がれていく。
達者な男役者連中に混じって根岸明美が貧乏長屋に住む女として登場する。男優陣に少しも負けていない。私は黒澤映画ですっかりこの人のファンになってしまった。
妄想の恋人との逢瀬の一人語りの部分が印象的。「赤ひげ」で大変長い一人語りを完璧にこなしたせいか、黒澤もこういうのをやらせたがったようである。「どですかでん」でも一人芝居風な役で出ている。
大家に中村鴈治郎を持ってきて悪役をやらせていてうまく演じているが、単純な悪の役なので三船同様に印象は薄い。これも役のせいだ。
他にも、千秋実、藤原釜足、東野英治郎、田中春男、上田吉二郎、三好栄子といった黒澤常連の名脇役が次々に登場する。さながら、黒澤脇役博覧会だ。
そういった役者の事を知らないとしても映画自体に大変な勢いがあって鑑賞に堪える。他の三船「主演」の映画とは一風異なる集団劇の魅力がこの映画の個性だ。
posted by rukert | 映画
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