2012年09月11日

黒澤明「酔いどれ天使」



三船敏郎の記念すべき黒澤デビュー作。この作品から、以降「静かなる決闘」「野良犬」「醜聞」と三船敏郎と志村喬のコンビが中心に映画がつくられ続ける。
どの作品でも三船のギラギラした存在感がすごいのだが、一方志村がどの作品でも全く異なるキャラクターの役を完璧にこなしている。今改めてみると、むしろ志村が常に影の主役であって、それを三船がひきたてているようにも見える。
ここでの志村は、飲んだくれで口が悪いが患者思いで腕もよく心根も優しい医師の役。髭をはやしてギロッとした目で乱暴な口をきく様子が実にはまっていて、完全に役の人間になりきっている。「醜聞」のダメ人間ぶりとは全く別のキャラクターだが、どちらも完璧。志村は、表面的に演じるのではなく役の人生をそのまま生きるタイプの素晴らしい役者だった。
この頃の黒澤は、映像の作り方にも色々実験的な工夫を凝らしている。最初の方に何度も挿入される夜にギターを弾く男の映像が無気味で岡田の導入の巧みな伏線になっている。
但し、三船が夢を見て海で棺桶をあけると死んだ三船が出てきてもう一人の三船を追うシーンは、ちょっとやりすぎで笑ってしまう。何となく黒澤らしいが、監督の若さも感じさせるところだ。
笠置シヅ子が酒場で歌う貴重なシーンもある。エネルギーが小さい体から強烈に放射されていて奔放なキャラクターで、これが当時の人気の理由だったのだろうか。今の歌手とは全く違う独特の雰囲気が新鮮だった。
木暮実千代がヤクザの女の酷薄なところを見せている。やはり存在感はすごいが、役としてはあまり見所はなく、その後も黒澤映画とは縁がなかった。
中北千枝子が、もとヤクザの女の役だがキャラクターにはあまりあっていないが、予定していた女優が病気で急遽変更になったそうで何となく肯けた。
志村の医師仲間で進藤英太郎が出ているのも珍しい。清水将夫の親分は配役を見ないと分からなかった。黒澤映画では本当に様々な役をこなしている。
ウィキペディアのキャストだと出てないのだが、三船の子分の男前の方は、「野良犬」や「青い山脈」にも出ていた生方功だろうか。妙に印象に残る顔の役者である。
この映画は、志村と三船の交流場面が実にいい一方で、ヤクザの世界の描写はやはり殺伐としている。特に三船の末路はあんまりだが、黒澤はヤクザが大嫌いで、なおかつ戦後の混乱状態でこういう投げやりな生き方を若者がしないようにメッセージをしたかったらしい。真面目に結核と向き合う女学生の久我美子が実は勇者だという描き方をしているが、さすがにちょっと教訓的過ぎる感じがする。しかし、こういうストレートなメッセージを送るのも黒澤らしいところだ。
ラストで志村と千石規子が泥沼のほとりで話し合うシーンは大変映画的。特に千石規子というのは本当に不思議な存在感のある役者だ。
ここでは三船に惚れてヤクザから足をあらわせようとする役だ。その雰囲気は、例えばフェリーニの「カビリア」の夜のジュリエッタ・マシーナとかタルコフスキーにセリフもなく現れる宗教的な女のようだ。日本的な市井の聖女のようなところがあって、このラストの千石規子が映画に深い余韻を残していると思う。「静かなる決闘」でも大変よかった。
posted by rukert | 映画
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