2012年09月08日

黒澤明「天国と地獄」



最近は、映画を観るに当たってウィキペデイァで配役を確認するのが常になっている。便利になったものだ。つい見逃してしまうような端役についてもすぐ分かる。
この「天国と地獄」については、配役だけでなく、映画にまつわるエピソードも詳細に記されていて大変参考になるが、あまり書く事もなくなって困る。
黒澤は、当時の誘拐罪に対する罪の軽さに憤慨してこの映画をつくったが、公開後に誘拐事件が多発して国会でも問題になったそうである。
それくらい列車から現金を落とすエピソードなど、トリックなど実に細部にわたるまで精緻につくられている。黒澤の特質の、知的な細部のこだわりがよく出た映画である。そして、見れば分かる映画で余計な感想など述べる余地がない。
芸術としてというより上質な娯楽映画に徹していて、黒澤映画の評価の上で損をしていると思う。しかし、本当にディテールまで練りに練られていて完璧で見事だ。
この前に「用心棒」と「椿三十郎」という対になる作品を撮っているが、これはキャストや作品の雰囲気で3年前の「悪い奴ほどよく眠る」とツインになる作品である。
なんと言っても列車の誘拐金受け渡しのシーンが印象的だが、もし撮影に失敗すると2000万かかったり、邪魔になった家の二階を取り払ったりしたそうだ。お金の事ばかり言うのもなんだが、あの尋常ならない映像の緊迫感と、やはり無関係ではないのだろう。
ここでの仲代達矢は実に渋くてかっこいい。黒澤映画の中の仲代の役の中でも個人的には一番好きだ。日本伝統のテレビ刑事ドラマの先駆けとでも言うべきキャラクターの役作りに成功している。黒澤はこの役をヘンリー・フォンダをイメージして創ったと聞いて、仲代は生え際を後退させるべく毎朝剃刀で額を剃っていたそうである。デニーロみたいですごいですね。
三橋達也が、冷酷で計算高い男を演じきっていて、「悪い奴ほど」の正義漢とは対照的な役である。黒澤得意のパターンで、山崎努もそうで、ここでの役とは全く違うキャラクターの役を「赤ひげ」では割り当てられていた。
ちなみに、三橋が急に誘拐金を払うことを主張して買収されたのを三船にすぐ見透かされるシーンはおかしい。
運転手役の佐田豊は、人のよい気弱なキャラクターが実にはまり役だった。
前半部分が誘拐事件の緊迫感あふれる描写で、後半は犯人を追う警察の様子になっている。
そして、その刑事ドラマ的部分が実に精緻で魅力的なのである。
警察の捜査会議の様子で、どうのように分担して捜査するかが克明に描写される。ここら辺も多分十分に実際の捜査のやり方などを十分に下調べした上でつくっているのだろう。
仲代達矢以外にも、石山健二郎、木村功、加藤武といったキャラの強い俳優を使っていて楽しく、この辺もテレビ刑事ドラマの原点である。
また、捜査会議では名古屋章がでていたりする。上司では志村喬、藤田進を使っている豪華さ。せっかくこの二人がいるのに、「では説明は戸倉警部(仲代達矢)に」、と言わせていて勿体ない限り。
そして、単なる誘拐劇でなく、山崎努という屈折した複雑な人物を導入してその心理を描こうとするのも実に黒澤らしい。こういう基本的には娯楽作でも、どうしても人間的な深みを持たせようとする。映画の完成度を考えれば弱点になりかねないが、黒澤のこういうところが好きである。
山崎はラストの熱演も勿論見事だったが、麻薬街のシーンでサングラスをかけ、それが光に反射して目のように無気味に輝き続ける演出も実に印象的だった。
山崎が三船に話しかけて煙草の火をもらうシーンで、街中にさりげなく立っているはずの三船の有無をいわせない存在感にちょっと笑ってしまった。
そして、山崎が花を買いに行くシーンで、刑事組がお互いの顔を見合わせて「あいにく、花を買いに行くような面は一人もいません。」には爆笑。さらに、「母の日かな今日は」のとぼけたセリフ。場面が緊迫しているだけに腹を抱えた。
posted by rukert | 映画
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