2012年09月07日

黒澤明「乱」



今回WOWOWで黒澤全作品が一挙放映されているのでいい機会だと思って全部観ている。但し、この「乱」や「影武者」はもともとそんなに感動した作品ではない。一般的な評価通りでつまらないけれども、白黒時代の名作群のあの有無をいわせない説得力に欠けていると言わざるをえない。
それは理屈のレベルの話ではなくて、映像から素直に受ける印象である。この映画にしてもリア王の翻案がうまくいってないとか、庶民が登場しないとか、その種の退屈な批判のことではない。
例えば「蜘蛛巣城」のマクベスの翻案だって基本的には結構テキトーだ。でも、そんなこととは関係なく映画に文句なく巻き込まれて最後まで充足した時間を過ごせる。「乱」や「影武者」では、残念ながらそういう体験をすることが出来ない。
なぜか。
様々な要素があげられるだろう。黒澤自体の創作力が衰えたこと。白黒時代のスピード感や過剰な生命感―ほとんど映画の体裁など気にしないような表現主義―がなくなり、妙に取り澄ました古典主義的な演出方法にかわっていること。かつての黒澤組の三船から名脇役にいたるまで完璧だった役者陣が失われて、玉石混交の役者あるいは下手な素人をつかっていること。等々。
しかし、それらの説明だけではどうもしっくりこない。
黒澤映画の全盛時代の白黒映画の有するあの普遍的な説得力はどこから生まれるのか。我々現代人や、あるいは少し前の時代の人間が、「過去」の時代の黒澤映画になぜ、これほどまでに刺激されて深い感銘を受けるのか。
逆説的だが、それらの黒澤映画名作群とそれを生んだ時代がピッタリとマッチしているからなのだと思う。
本当の映画のリアリティを生むためには目に見えない時代の空気を深く吸ってそれに素直に従う事が必要なのだと思う。それは理屈抜きの深層レベルのことであって、全く違う時代の全く違う感性の人間が見ても、それはハッキリ感じられる。どんなに純粋に優秀な映画をつくっても、それが時代の空気とずれていると、観る人間は敏感にそれをかぎつけてしまう。
結局、「乱」や「影武者」に起きているのは、そういう事のような気がする。そして、実はそれは黒澤だけではなく全くタイプの異なる成瀬巳喜男の晩年映画にも起きていたことだと思う。
黒澤や成瀬や小津や溝口の日本映画の名作群は、あの時代につくられるしかなかった。小津だけはいいタイミング、ほとんどギリギリのタイミングで死ぬ事が出来た。
彼らと全く同質の映画を現代でつくれる作家がもし現れても、それはとてつもなく退屈な作品になるだけだろう。
とは言っても、それは一般論で、最近見直して例えば「どですかでん」の素晴らしさに感動したばかりだし、「夢」もすごい映画だし、「八月の狂詩曲」も大変気になるフィルムだ。それらについては、個別にまた書いてみたい。

この「乱」でも素晴らしい部分は勿論たくさんある。特に、原田美枝子は素晴らしい。誤解を招く言い方だが、「乱」がすこしずれている中で「女」だけは普遍的な生命力を放っている。
「蜘蛛巣城」の山田五十鈴(本当に素晴らしかった)の現代版だが、もっと過激である。
特に根津甚八に刃をつきつけて凄むシーンは圧巻である。
根津を厳しく尋問して、「たわいもない」と捨てゼリフをはき、つばを吐いて、根津を嘲笑してこわーい笑い方をして、夫が殺されたことも何とも思わないとぬかし、そした最後は色仕掛けで痴女風に根津の首元を激しく舐める。
本当によくここまでやった。ブラヴォーである。そして根津甚八のやられっぷりの見事な事も褒めねばなるまい。
それと、役柄自体もおいしいのだが、井川比佐志も本当に見事だ。他の役者が必死に演じても、どこか生ぬるさを感じさせるのに、井川だけは「かつての」黒澤映画の三船など名俳優クラスに生命力が充溢している。この映画の中であれだけ出来ているのは奇跡に近い。
特に無敵の原田美枝子の元に狐の首を持ってきて、ぬけぬけと嘲弄するシーンは圧巻。この映画では、この二人の俳優が明らかに図抜けている。この二人を主役にして映画を撮るべきであった。
有名な金をかけた城が炎上して仲代達矢がフラフラと現れてくるシーンも確かに美しい。でも、それだけの事だ。例えば、タルコフスキーの「鏡」で小屋が燃えたり「サクリファイス」で家が燃えて爆発するあの精神的な深さには遠く及ばない。
また、あの武満徹をわざわざ使っておきながら
音楽が印象に残らない。黒澤と武満は大変もめたそうだが、黒澤が明らかに悪い意味で独裁者になって武満の自由な創造力をそいだという印象は否めない。武満だとNHKテレビドラマの「夢千代日記」の方がどれだけ素晴らしいか分からない。
そして、ピーターはせめて坂東玉三郎あたりにやらせることは出来なかったものだろうか。
posted by rukert | 映画
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