2012年09月06日

黒澤明「蜘蛛巣城」



最近亡くなった山田五十鈴のマクベス夫人(の翻案)が凄い。あのメイクのせいもあるのだろうがオーラからして恐ろしい。権力欲に取り付かれた女のこわさ。あまりにすごくて笑ってしまうくらいだ。
特に三船を唆して主君を殺させるシーン。この映画は能も意識しているそうだが、サッと三船を振り返る動き一つでゾッとさせる。いや、ちょっとした目の動きだけでも。確かに能的である。動きに全くムダがなく洗練されている。
山田五十鈴は成瀬巳喜男の「歌行灯」で、能そのものを題材にした映画でも重要な役をしており、実際に能役者に厳しく鍛えられたそうである。そういた体験が役に立っているのかもしれない。
そして、動く際に立てる衣擦れの音が実に効果的で、この女のこわさを如実に表現している。
襖戸を開いて後姿で暗闇に静かに消えていき、また酒瓶をもって暗闇から静かにヌッと出てくるところのこわさ。本当に素晴らしい。
三船に槍を渡したあと殺すのをうながして、やにわに立ち上がって見事に舞って座すところ、これは完全に能だ。彼女の心の不安と期待などが入り混じった状態が、簡潔な身体の動きで完全に表現されている。
そして、番兵に槍を持たせて手を洗い、三船を黙ってしばらく見つめる。その間が何かを雄弁に物語る。
さらに、すごい形相ですばやく動いて門を渾身の力で開いて「狼藉者じゃー」と叫ぶ。
呆然としていた三船が我に返って、本当に狼藉者が出たと自分でも信じているように振舞う。
なんという完璧なシーンだろう。そして、ここではやはり三船よりも山田五十鈴が素晴らしいと思う。ここだけでも、この映画を観る価値がある。
例のマクベス夫人が正気を失って手を洗って血を洗い流そうとするシーンでは、セリフづかいが「とれやしない、いやな血だねぇ」とか何だかかわいらしい。それが本物の狂気を感じさせるという演出なのかもしれないが、ちょっとおかしかった。
山田は黒澤映画では、「用心棒」のとんでもない女将、「どん底」でも毒婦と徹底的に悪役である。黒澤は対照的な役を同じ役者にやらせることも多いが、それだけ山田の悪役能力に惚れこんでいたのかもしれない。
ちなみに同時期の山田のベビーフェイス役としては成瀬巳喜男の「流れる」がある。まだ十分美しい山田を見ることが出来る。
ちなみに、この権力者の妻の悪女という設定では、「乱」の原田美枝子もとても印象的だった。女はこわい。
その他にも、冒頭のシーンなど神秘的な映像美を意識した撮り方が多い映画である。但し個人的な感想をいうと、例えば溝口の「雨月物語」や先ほど述べた「歌行灯」が本当に心の底まで染入ったりゾッとさせる迫力や美しさがあるのと比べると、黒澤の映像はどこかつくりものめいているような気がする。
昨日も書いたが、黒澤は無意識に比べて意識的な部分の強靭な作家で、その映像の作り方は完璧だけれども、ある種余韻とか深さが欠けているようにも(少なくとも私には)感じられる。逆に「椿三十郎」のような作品では完璧である。
黒澤は実は日本的な監督では全然ないような気がする。別にそれは優れているいないの問題ではなくて作家の体質の違いのようなものだ。
例えば、森の中の三人の幻の武者のシーンでは、 木村功、宮口精二、中村伸郎が次々に現れるのだが、どちらかと言うとこわいというより面白くなってしまっていると思う。
千秋実が珍しく男前の二枚目の役で、さすがに見事に演じているのだが。亡霊になって現れるシーンもなんとなく人の良さのようなものが出てしまっている。
脇では三好栄子の存在感がちょっと出てくるだけだが、やはりすごい。そして物の怪の老婆は、浪花千栄子だそうだが、言われても分からないくらいだ。音声が変えられてしまっているからね。
配役をよく見ると、意外な役者がチョイ役でたくさん出ていて驚くが、番兵で殺される加藤武だけは、声だけで一発で分かるのがさすがだ。警部マクロードのクリフォード刑事部長の吹き替えが懐かしい。
最後の弓矢のシーンで本物の弓を使ったのは有名な話だが、ウィキペディアに興味深いエピソードが載っているので最後にそのまま引用しよう。すごい話である。三船もやはり本物の狂気を抱え持つタイプの役者で、だからあれだけの演技が出来たのだと納得させられる。

三船演ずる武時が次々と矢を射かけられるラストシーンは、特撮ではなく、実際に三十三間堂の通し矢の名手に、学生弓道部の部員が直接三船めがけて矢を射た(ただし遠距離からではなく、カメラフレームすぐ横からの射的)。実際撮影が終了した後、三船は黒澤に「俺を殺す気か!?」と怒鳴ったとのことである。その後も、自宅で酒を飲んでいるとそのシーンのことを思い出し、あまりにも危険な撮影をさせた黒澤に、だんだんと腹が立ってきたようで、酒に酔った勢いで散弾銃を持って黒澤の自宅に押しかけ、自宅前で「こら〜!出て来い!」と叫んだという。石坂浩二の話によると、このエピソードは東宝で伝説として語り継がれている。そんな三船は頻繁に「黒澤の野郎、あいつバズーカ砲でぶっ殺してやる!」ともらしていたという。
posted by rukert | その他
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