2012年09月01日

黒澤明「生きものの記録」



名作「七人の侍」の次に撮られた作品。全く客が入らなかったそうである。それもよく分かる。これを当時の客に理解しろといっても無理だ。311の福島原発事故を経た我々が再発見して驚く映画なのだから。
黒澤には、多分理屈を超えたほとんど肉体レベルの直感能力があって、この作品や「夢」や「八月の狂詩曲」に、ようやく我々が追いついて瞠目させられるのである。
主人公は、水爆恐怖症にとりつかれた老人だ。当時35歳の三船敏郎が見事な老け役を演じきっている。
老人は原爆に対する恐怖に取りつかれて、地方に核シェルターをつくろうとしたり、ブラジル移住を考える。その強引さが家族には迷惑そのもので、家庭裁判所に家族が訴えて老人に準禁治産者の認定を求める。
老人の家族に象徴される一般、世間の立場からすると、老人は完全に神経質すぎて妄想に
取りつかれた「狂気」の存在である。しかし、当時も報道などにより水爆に対する恐怖は程度の差はあれ、誰の心の底にもひそんでいた。
とはいっても、「普通」の人間の立場からすれば、それぞれの生活もあり、恐怖しても仕方ないという諦念もあり、「現実的」に考えれば、水爆など恐れても仕方ないという事になる。その為だけにブラジルに移住するなどとんでもない話だ。それは、現在の我々にもよく理解できる「普通の」感覚である。
ところが、家庭裁判所の調停員は老人の話をよく聞くにつれ、その不思議な説得力に考えさせられるようになる。特に志村喬の演じる歯科医の調停員は、むしろ三船の感覚に、深く考えさせられ、いつしか密かな共感も覚え始める。
結局、老人はその「世間」との軋轢の結果、本物の「狂気」に陥って精神病院に収監される。
そういう映画なのだが、今見ると黒澤のメッセージはあまりにも明確である。世間の「常識」が実は非常識な現実逃避であって、老人の過敏すぎる「狂気」が実はまっとうで正常な「正気」なのだと。
言うまでもなく、これは現在の我々にとって切実な問題である。現実に対する素朴で素直な「恐怖」は誰にでもある。しかし、それが「現実主義」の「大人」の理論と「常識」にょって打ち消されいく。いつの間にかウヤムヤになって、悩んでも仕方ないやと開きなおってしまう。この映画が本質的に訴えかけてくるのは、素朴で素直な心、直感的なは正常な把握能力と、それをもっともらしい理論で冷笑的に糊塗して否定しようとする浅はかな現実主義や「理性」の対立なのである。
この映画は、音楽の早坂文雄が、水爆に関する新聞記事を見て「こんな時代じゃ、安心して暮らせないね」とつぶやいたのがキッカケになったそうである。そして、この映画の撮影中に亡くなった早坂文雄の遺作になり、冒頭のクレジットでは、「遺作」とわざわざ書かれている。映画のラストは黒く何も映らない画面のバックで早坂文雄の音楽が流れて終る。

ここでの三船敏郎は見事だ。黒澤映画の三船は常にそのまま三船だ。そのありのままの存在感に誰もが圧倒される。しかし、この映画では―老け役という事もあり―「演技」する三船敏郎の能力の高さを見せている。
脇では、徹底的な「世間」の「常識」の役割のヒールを担う清水将夫が見事だ。三船と血のつながりのない冷酷な立場である。「椿三十郎」など黒澤映画では欠かす事の出来ない名悪役だ。
次男役の千秋実も相変わらずいい味を出している。一番老人に楯突く役なのだが、同時に何度も三船に怒られたり殴られたりして、そういうところが実に千秋らしいいい味を出している。
長男役の佐田豊は頼りない感じがピッタリで、黒澤映画では「天国と地獄」の誘拐された子供の親の運転手役が何とも印象的だった。
妾の父親役の上田吉二郎も何とも印象的で、特に妾宅で三船に水爆記事をみせて、脅したりイヤミを言うシーンは映画的だった。
ところで、男たちが基本的には三船と対立するのに、女性陣がむしろ三船に共感、理解を示しているのが興味深い。
妻役の三好栄子は最初から基本的に三船の味方だ。妾の根岸明美が自宅に来た際に、次女の青山京子に「お母さんはあなた方のことなんか本当は気にしていないのよ。子供たちの手前で嫌がっているフリをしているだけなのよ」と言われて「何を言っているんだろうね、この子は」と笑いながらいって否定しないシーンは何とも味があった。
その青山京子も、工場の家事のシーンで、三船をなじる清水将夫を、逆にバッサリ斬るシーンは爽快である。
妾の根岸明美の存在感もすごい。父親役の上田吉二郎という曲者に全く負けていない。そして、独裁者の三船に対してさえ、言いたいことをズバリという。黒澤映画では、他にも「赤ひげ」や「どですかでん」でもチョイ役ながらとても印象に残った。黒澤ガールの中でも個人的にはすごく気になる女優である。
そして、やはり黒澤映画常連の千石規子。ここではセリフは少ないのだが、沈黙のうちに三船に理解を示して、家族の愚かさを冷静に見つめているという難しい役を見事にこなしている。今回改めて見てそのことに気づいた。
どちらにしろ、三船のような存在に「男」が無理解で「女」がむしろ直感的な理解を示しているのが何とも興味深いところである。

ラストの精神病院のシーンで精神科医として名優、中村伸郎が登場する。彼に黒澤が言わせているセリフがこの映画の結論であると共に、この異常な現代を生きる我々全てに突き刺さってくる。本当にその通りなのだ。
私は、この患者を見るたびにひどく憂鬱になって困るんですよ。こんなことは初めてです。狂人というものは、そりゃあ、皆憂鬱な存在には違いありませんが、しかしこの患者を見ていると、何だかその、正気でいるつもりの自分が妙に不安になるんです・・。狂っているのはあの患者なのか、こんな時勢に正気でいられる我々がおかしいのか・・。
posted by rukert | 映画
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