2012年08月28日

黒澤明「悪い奴ほどよく眠る」



現在WOWOWで、黒澤明全作品一挙放送という企画が行われている。
「七人の侍」から始まったのだが、放送予定をチェックしてラストに「夢」を持ってきたことを知った。
勿論、私は黒澤映画をほとんど見ていたし好きでもあったのだが、日本映画ではどちらかというと小津あるいは成瀬の方が性にあっていた。黒澤をちょっと軽く見るようなところもある。
しかし、311の後に「夢」や「生きものの記録」や「八月の狂詩曲」を見てその預言性にすっかり驚いたのである。
いや、別に政治的な意味で黒澤を持ち上げたいのではない。そうではなく、そんな生易しい話ではなく、黒澤にはほとんど動物的な直感というものが働いて、それが一貫して黒澤映画の底流を流れているように感じた。
例えば、「生きる」や「どですかでん」を改めてみてその深い人間洞察に改めてビックリした。人間といってもその社会性を含めた人間に対する直截的で直感的な理解能力。それが実にまっとうで正しいと今となって改めて感じる。
但し、黒澤映画はこのようなブログで語りにくい。というのは、黒澤映画は見れば分かるから。圧倒的な感銘を受けながら、もう何も言うことがなくなってしまう。ほとんどありきたりな誰でも思うような感想しか出てこない。
多分、それも黒澤映画の偉大さの証拠だろう。余計な言葉による批評を禁止する力がある。それでも、何となく感想を語りたくなってしまったので、雑談を少しやってみようと思う。

さて、「悪い奴ほどよく眠る」。本当にこれも良く出来た作品で、どんどん作品にひっぱりこまれる。だが、あの救いも何もないラストがたまらなかった。なんであんなラストに。
でも、こうして冷静に見直すとこれでいいのかもしれない。黒澤の社会感覚が、安易なハッピーエンドを禁じたのではないだろうか。現代社会でも相変わらず延々と続いている社会の暴力性と闇に対する認識がそうさせたのではないだろうか。
そして、今回見て三船敏郎と香川京子の美しいラブストーリーになっていることにも気づいた。基本的には社会ドラマなので、つい付随的な、―場合によってはょっては甘い―要素として見逃されがちかもしれない。しかしか、この二人の愛の物語を私は素直にすばらしいと思ったし、黒澤らしいとも感じた。
香川京子が倒れたところに三船敏郎が三橋達也を文字通り押しのけて救いにいくシーンは通俗的かもしれないが、やはりいいなと思う。
それと、藤原釜足も大変重要な役割だと思う。かれ自身も過酷な社会システムの犠牲者である。しかし、三船とは違ってそれを憎みきれない善人である。
三船や加藤武はそんな甘いことを言わずに社会システムに戦いをいどむわけだが、私見を述べると藤原釜足的なフツーの人間に対する黒澤の暖かい目を勝手に感じる。しかし、藤原の善意が結局三船を殺すことになるというシニカルな目も黒澤は持ち合わせているのだが。
というわけで、社会派ドラマではあるのだが、単なる正義と悪の戦いに修練せず、黒澤らしいヒューマニズムが根底には流れている。そして、そのヒューマニズムは意外に通俗的ではなく深いところに届いていると思う。
以下は映画のディテールに対する雑感。

冒頭の結婚式のシーンは本当に見事。説明のために必要だったという側面もあるのかもしれないが、あの集団の場の雰囲気の描き方というのは映画以外では不可能だと思う。現実の集団の場の雰囲気を、あくまで映画的な文法で再現、再創造している。

藤原釜足が本当にいい味を出している。火口に身投げしようとするところ、二人の上司のバーのテープを聞くところのリアクション、西村晃が本当に死んだと思うところの驚き様。実におかしい。
黄門様の西村晃の狂気にいたる演技も見事。
志村喬は、監禁されて食事を断たれるシーンが(この映画では例外的に)抜群におかしいコミカルな部分。志村喬が、こんなに喜劇俳優の側面を見せたのも珍しい。そういう音楽もついている。
香川京子は、黒澤映画では「赤ひげ」の色情狂の狂女が本当に見事だった。本当に存在までなりきっていて、普段そういう役がないだけに女優としての実力に感嘆した。黒澤の演出もあるのだろうが。そして、ここでは香川本来の清純派を、やはりなりきって見事に演じている。
記者グループでは、三井弘次がアクの強いキャラクターをいかして存在感を発揮していた。「天国と地獄」でも、やはり印象的な記者だった。
警察検事グループには、藤田進、笠智衆、宮口精二という豪華メンバー。さらに、顧問弁護士役で中村伸郎、殺し屋で田中邦衛。本当にもったいないくらいで、ヒッチコック映画のヒッチコックのようだ。
しかし、何と言っても森雅之がすごい。香川京子同様、黒澤映画では「白痴」とは全く対照的な悪役、しかも老け役なのだが、その存在感がやはり並大抵ではない。
特に悪人でありながら、家でバーベキューをした際の親バカな善人ぶりの見事なこと・・。
しかし、本映画の白眉シーンは娘の香川京子を裏切って騙して三船のありかを聞くシーン。
森雅之がふと、鏡の中の自分をみる。最低の鬼畜の自分の顔を確認して、自分でも一瞬ぞっとする。しかし、それでも娘を騙して三船を殺す。素晴らしく映画的なシーンである。
そして、ラストの電話にむかって、一人喋りして、深々と頭を下げる場面。なんという名演技。そして、これまた実に映画的。黒澤はこれを撮りたくて、こういう悲惨な結末にしたのかとさへ思ってしまう。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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