2011年03月04日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎純情詩集」第十八作メモ



京マチ子登場。「男はつらいよ」のマドンナの場合、どちらかというと寅が愛でる美しい花といつた意味合いも強くて、マドンナに表現者としての「女優」が求められるといわけではない。勿論、リリーのような魅力的な存在感を発揮する場合もあるけれども、マドンナが本当に深刻な人間的な問題に直面するわけではなく、美しい花のイメージにとどまる。また、観る側もそういうマドンナに期待して安心して楽しむことが出来る。
しかし、本作の場合はマドンナが病から死に至る稀なケースである。そういう難しい役柄を京マチ子はみごとに演じている。世間ずれしていない心が娘のままのような天真爛漫な年配の女性というのは、本来京マチ子にはあわないところもあるような気もするが、ここでは見事にそういう女性になりきっている。また、「男はつらいよ」という基本的にはコメディで、その劇の笑いの要素を殺すことなく深刻になりすぎずにコミカルに演じながらも、自身の病気や不幸な境遇を感じさせるさりげないが深い表現も行っている。テーマのせいもあるが、マドンナが女優として見事な表現行為をしている作品なのだ。日本映画を代表する女優の京マチ子が出たかいがあったといえそうだ。今回改めて見直してみて、特にそのことを強く感じた。

「寅の夢」はますますエスカレートして「カサブランカ」風で、寅はなんと「アラビアのトランス」である。寅ともさくらがフランス語を話したりする。
吉田義夫も登場して、相変らず見事な大袈裟な「倒れ芸」を披露している。そして、フランス映画風なのとは関係ない「おにいちゃん」
のキメ台詞がシュール。

「オープニング江戸川サイレントコント」(と呼ぶことにした)は、映画中の映画撮影で、寅が移動カメラの先にたってじゃましてぶちこわしにして大騒ぎになるパターン。こちらも、段々凝ってくる。

小学校の女性担任が家庭訪問に来る日に寅が帰って来て、博が「よわったなぁ」という一言がおかしい。そして。寅が散々邪魔した後に博が「いくら兄さんでも今の態度は許せないよ」と怒るのもおかしい。博がまじめに笑えるセリフを言うパターンが増えてくる。そして、寅に婿のくせい生意気言うなといわれのだが、最初のことろは寅をぶんなぐったりしていたんですけどね。

満男も随分大きくなった。そして、あんまり賢くなさそうなのが、親似でなく寅似なのだ(笑)。

長野県の別所温泉付近の「自然の中の寅」が結構長く映る。何度も言うが寅のあの顔とファッションが、妙に自然とマッチするのだ。

旅芸人一座との再会する。岡本茉利がそんなに器量よしというわけではないが、一生懸命な純粋な心の娘役でなんだかすごく印象に残る。そして、吉田義夫がものすごい白塗りで学生の役を、思いきり田舎芝居の大袈裟さで演じきるのだ。岡本茉利が芝居のセリフでいう「人間はどうして死ぬんでしょうね」を、京マチ子が繰り返す。「男はつらいよ」得意のパターンである。

寅は旅芸人一座を接待して無銭飲食して、さくらに迷惑をかけてしまう。寅は現実的にはどうしようもない男だが、寅がわびしい旅一座を楽しませたいという気持はあくまで純粋である。京マチ子への愛も、結局しに直面するマドンナの心にあかりをともすことになる。寅は不良のマザーテレサなのだ。翌朝の、旅一座の別れの挨拶のシーンも含めて、なんともしみじみするよいシーンで゛ある。

倍賞千恵子のさくらが、寅の無銭飲食の支払いをするために旅をする。そして、さくらにも旅がよく似合う。さくらも、結構な回数、寅のおかげで旅している。

寅の「いい雰囲気の警察でしょ」がおっかしい。

寅が檀ふみと再会して「帰ってらちたの」と甘えて赤ちゃん言葉になるのが凄い。京マチ子と初めて会って恥じらいながら「とらじろうです」と蚊のなくような声でいうのも腹をかかえる。寅のマドンナへの表現も過激に進化している。

「寅のアリア」の、柳生家(すごいわかりやすい名前だ)の食事の様子の描写が実に巧み。目に浮かぶようである。

源ちゃんに逃げられた御前様が自分で鐘をつくことがおかし。

浦辺粂子は、成瀬映画に出ようが、男はつらいよに出ようが、手品をしていようが、常に浦辺粂子なのがすごい。そして、寅にお世辞をつかって寅からおこずかいをせしめたりしているのだ。

さくらさんが、檀ふみ先生と結構タメ口て話しているのが、なんか下町らしい。

皆で祈りをしているところに、社長がやってきてお経をとなえて皆が笑い出すところ。あれは本当におかしい。

皆で、京マチ子がどういう仕事が出来るのかを語り合い、彼女が余命いくばくもないことを知っているさくらと檀ふみが悲しそうな表情をするシーンはなんとも言えませんね。

京マチ子はコミカルにやりながら、ちゃんと同時に悲しい女の人生を表現しているのが見事だ。

普段はマドンナと寅の関係を気に病むさくらさんが、もう人目なんか気にせずに寅に京マチ子に会いに行けというところが泣ける。

京マチコと結果的には最後になるシーン。京マチ子が「顔色も悪くないでしょ」といって寅が「それもそうですね」と答えるが、実際はひどい顔色で、浦辺粂子が「庭が枯葉だらけになって」という一言がよくきいている。緻密な脚本である。

この(実質)、寅とマドンナの別れになるシーンは素晴らしい。二人の偉大な役者がやりあっているという感じがする。

京マチコが芋の煮っころがしを食べたいと聞いて、寅が芋を袋こど買ってきて、さくらが泣きなそうになりながらつくるしところは文句なく名シーンだ。

寅とさくらが柴又の駅で、京マチコの花屋の話をするシーンでは泣いちゃうよ。普通にいい話である。そして、二人の駅での別れでも最も悲しいシーンなのに、寅は笑顔で去っていくという演出の素晴らしさ。一方、さくらは泣き顔で悲しそうなのだ。




posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 男はつらいよ
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