2011年03月10日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎春の夢」第24作メモ



マドンナは一応香川京子だけれども、ハーブ・エデルマンがアメリカ版寅という設定でマドンナ以上の主役である。ただ、この役者さんが、ちょっとイマイチだ。渥美清と比べてしまったら気の毒だけれども。

「寅の夢」はチャイナタウン篇。これにも外人さんが出ていて、吉田義夫はお休み。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、寅が女性たちがテニスをしているのをみていて女に何か言われ、今度は陸上を見ていたら女たちがジャージを脱いで短パンになるのを見て寅が何か言う。「男はつらいよ」の繰り返しパターンからすると、「やらしい」といわれたのを寅が言い返すというパターンか。

旅先で、寺の前に座り込んでみかんか何かを食べる寅のシーン。相変らず寅のあの格好が自然に似合っている。

ポンシュウといった寅の商売仲間がこのあたりからよく出で来る。登はいつの間にか消えたが。

おばちゃんが゛とらちゃん、シット・ダウン」という、おばちゃんは時々意表をつくポテンヒットを飛ばす。

マドンナに甘えて「どういたまして」と呂律が回らない寅。おかしい。こういうのを見たくて見続けているようなものである。

香川京子に「ご主人によろしく」と探りを入れる寅がやらしい。

マイケルが外人の若い女に「ちょっとたりない」といわれて、源ちゃんに同じことをいう御馴染みの繰り返しパターン。

博が寝っころがってアクビをしながら、「どうせ振られるに決まっているんだけどさ。」ととうのは寅の失恋に慣れ過ぎ。よく見るとさくらさんまであくびしているし。

旅一座が登場して岡本茉利がマダム・バタフライをやる。この旅一座のわびしい田舎芝居の雰囲気というのは本当にいい。

そしてさくらがマイケルの妄想でマダム・バタフライを歌うのだけれども、あれは倍賞千恵子が歌っているのだろうか。

殿山泰司は本当にいい味出している。後姿のハゲが並んで。

寅似「さくらを愛してないんだろ」といわれて博が真面目に「そんなことありませんよ」というあのニュアンスのおかしさは前田吟にしか出せません。

「寅のアリア」は、なんとなくリリーとの関係を思い浮かべてしまう。

マイケルに「アイ・ラブ・ユー」といわれて、さくらが「インポッシブル」と答えるシーン。これを撮りたかったがための作品のようなものである。

寅がさくらにマイケルの求愛のことを話されて、マイケルに思いやりを見せたり、ひろしには言うなとアドバイスしたり、本当に細やかな神経が行き届いている。自分の恋愛以外のことになると(笑)。

マイケルの乗る飛行機から、珍しい江戸川の俯瞰のシーンがある。

柴又は雪の正月。二回目。
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2011年03月09日

山田洋次監督「男はつらいよ 翔んでる寅次郎」第23作メモ



桃井かおりがマドンナ。私は桃井かおりが嫌いじゃないし、NHKの「男たちの旅路」での鶴田浩二とのからみなど、とってもよかった。しかし、なんとなく「男はつらいよ」だと違和感のようなものを抱いてしまう。あの独特の桃井かおり的な喋り方・雰囲気が、初期の頃の古きよき時代の「男はつらいよ」ワールドと微妙な齟齬がある。少なくとも個人的にはそう感じる。
私が全作見たのは、渥美清が亡くなってから、テレビで色々放映されたのを見てすっかりはまったのがキッカケだった。その時も順番にみていったのだが、初期から中期のコメディ色の強い作品が気に入って、後期作品群には、ちょっとついていけないものがあった。但し、NHKのBSで全作放映された際にもう一度全部見たときには、後期のものもなかなか楽しめたのである。今回、ついに三度目なのだけれど、どう感じるかは分からない。
そもそも、寅という存在が、初期の時代には違和感なくとけこむ存在だったが、この辺りになるとむしろ寅が時代に取り残されかかってくる。というわけで、初期の寅を愛してやまない私などは、この辺りからは色々複雑な思いをしてみることになってしまうのだ。
マドンナとの関係でも、若いマドンナの際は、さすがに寅がストレートに恋の相手になる設定は無理なので、若いカップルの恋の指南役という設定が増えざるをえない。勿論、それもそれなりに楽しいのだけれども、やっぱりそこは「シリーズ的につらいよ」ということなのだ。

「寅の夢」は、マッドサイエンティスト寅篇。夢に出るくらい、ひどい便秘だったのかというオチである。二階が爆発するパターンは中村雅俊でもあった。

起きた病院の看護婦役で、旅一座の大空まゆみの岡本茉莉登場。なんだか、ヒッチコック映画のヒッチコックみたいな登場の仕方である。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、寅が財布を拾おうとするが子どものいたずらで、子どもを追いかける途中にカップルに蹴躓いて、カップルの男同士が大ケンカになるというパターン。最後は、女が男より強いというオチで、冒頭の結婚式で女の方が落ち着いているという話とつながる。ウーマンリブ(死語)の時代ですか。

寅が満男に「英語を勉強しないとオレみたいになるぞ。」というのに、おいちゃんが真面目に「寅でなきゃ言えねぇセリフだ」というのがおかしい。

満男の作文は、寅に読ます前に、博もさくらもちゃんと読んどけよっていう話です(笑)。


寅がたたき売りする、密輸ものだというイタリアもののネクタイ。絶対にそうじゃないというのが吊るされているし。

桃井かおりの前でやる「寅のアリア」。いい話なんだけど、寅がやるとなんとなく妄想的でおかしい。考えてみると「寅の夢」のようなものだ。

松村達雄、桜井センリ、犬塚弘といった準レギュラーがちょい役で顔見せする。

御前様が、源ちゃんを鐘の中に入れて鐘を叩くのは完全に虐待だ(笑)。絶対に良い子はマネしてはいけません。

木暮実千代登場。気品があるけれど、溝口、成瀬、小津といった巨匠の映画に出演した全盛時代を見た身としては複雑である。

小暮の敬語についず、珍妙な敬語を披露するおばちゃん。日本語の敬語は難しいです。

寅が「お盆がひっくりかえっちゃってさ、中の水がかえってこないんだろ」に、真顔で絶妙の間で「覆水盆に帰らずですね」と返す博。「縁は異なもの味なもの」でも、このパターンがあった。

布施明が桃井かおりに「元気?」と問いかけたのに、「はい」と答える寅。要するに寅が一番おかしいのは、こういうところだ。作品が変質していっても、こういうのがあるから見てしまうのだ。

布施明に寅が「失恋については、オレはだれよりもくわしいからよー。」と自分をしっかりみつめた発言をする。

布施明がとらやに入りにくくて、「ここが、とらやでしたか」というのは、寅のパクリである。

結婚式のシーンでは、笠智衆が歌を披露する。考えて観ると豪華だ。小津の「彼岸花」を思い出してしまった。

寅が羽織袴で、うんこをする仕方をする話。面白いけれど、初期の作品なら。もっと全然違和感がなかっただろうなと思う。本当に長い時代にわたっているから48作続けるのは大変だし、よく続いたものである。


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2011年03月08日

山田洋次監督「男はつらいよ 噂の寅次郎」第22作メモ



大原麗子登場。やはり、名マドンナの一人である。

「寅の夢」は寅観音地蔵菩薩の巻。お地蔵様の顔も、ちゃんと四角い。吉田義夫は善人役だが、やっぱり強烈な存在感。寅が最後にいらずらっぽく笑うのがいい。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、画家の津嘉山正種を寅が邪魔してやはり大騒動になって、寅が逃げさるパターン。津嘉山正種も本編に出るまで随分下積みを重ねた(笑)。でも、おいしい役だけど。

墓を間違えても、御前様が平気で大真面目でやりなおすのがおかしい。

旅の雲水の大滝秀治が寅に「女難の相がある。」というのに対する答がいい。「分かっております。物心ついた頃から、そのことで苦しみぬいております。」。なんという的確な自己認識。

大滝秀治は最後にもチラッと再登場する。「女難」が避けられなかった後で(笑)。

志村喬が三回目の登場。今回は最初からニコニコして登場。相変らずとぼけたいい味を出している。寅と芸者遊びをして「まいったな。」「大人物は反省して去ったか。」あの言い方。

寅が芸者に、面白い場所があるといわれて。嬉しそうに「どこどこどこ」。子供か。

大原麗子は本当に独特の良さですね。あの声、喋り方。美しくてかわいくて色っぽいのを全部両立している珍しいタイプ。

博が「たまには兄さんのお株を奪って恋でもしますか、ワッハッハ」が笑える。

寅が社長に対して「この手の人物とは、つきあわない方がいいんじゃないか。人間が堕落する」という顔と言い方のおかしさ。

「寅のアリア」で志村喬から聞いた今昔物語の話を再現するのだが、細かいところを脚色していてじつにうまい。いい出来のアリア。

おばちゃんにおいちゃんが吹っ飛ばされる。確かにすごい体格差だ。


大原麗子に寅が出会った際の凝固っぷり、照れの表情ががすごい。この辺まで来ると、完全に古典的形式感が出てくる。


寅が大原麗子が救急車を呼んだといわれた際の変貌っぷり芸。「いたんですか」といって、一応は体裁をつくろうために無理に怒り顔をするのが異常におかしい顔芸。
そして、「よく気がついてくれましたね。オレ。前からいっぺん乗りたいと思っていたの。救急車。」よくしゃあしゃあと言います。

というわけで、下宿に帰った大原麗子が、外を通る救急車の音を聞いて笑うのももっともである。かわいい。

寅に弁当をのぞきこまれて「みないでっ」と甘えた感じで言うのは実に大原麗子調。こういうのは彼女にしか出来ない。

大原麗子の夫との別居を聞いた際の、思わず出る嬉しそうな顔の直後に無理しかめつらする顔芸。この回は渥美清の顔芸が冴え渡る。

大原麗子に「今日から姓が変わったの。」といわれて寅が「へーどーして」「そりゃよかったね」というのは、いくらなんでも寅のレベルを低く設定しすぎである(笑)。

そして、大原麗子が「寅さん、わたし泣きそう」というのも、実に大原麗子調である。

大原麗子の「寅さん、もてるのね。」も大原麗子調。何を言っても大原麗子調になってしまう。

以前「電線音頭」が出てきたが、この作品では満男が「みじめ」。小松政夫や伊東四郎を「男はつらいよ」に出せばよかったのに。

寅が「この年になると楽しいことなんて何もないし。」というのは、志村喬のパクリ。お得意のパターン。

大原麗子が「わたし、寅さん好きよ」と言われた渥美清の絶妙な後姿。そして。おぱちゃんが「なんであの人、あんなこといっちゃったんだろう。」さくら「よっぽど嬉しかったのね、今日の食事」というりも、冷静に考えると、かなりひどい。

トランクから下着がこぼれて、大原麗子「寅さん、みちゃいやっ」。大原麗子調もいいところだけど、山田監督も随分大原麗子にこういうのを喜んで?言わせてますね(笑)。

寅のライバルの室田日出男にマドンナが奪われるパターン。なおかつ、寅に室田を追えとマドンナに「早く、いってやんなよ。」と言わす残酷パターン。

大原麗子が、室田をすぐに追わずに、寅のことを気にして「明日の朝、まくたね。」というのがなんとなく女らしくていい。もう来なかったのかもしれないが。随分、大原麗子マドンナはいいイメージで描かれている。

最後にSLが走る。初期によく出てきたけど、まだこの時代にも田舎では走っていたんですね。
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2011年03月07日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく」第21作メモ



「寅の夢」は「未知との遭遇」バージョン。最もワルノリした一本である。いきなり寅が宇宙人に。まぁ、ある意味寅は地球人離れした心の美しさですからね。そして、源ちゃんがかぶりものをしないまま猿の惑星だというひどいギャグ。さらには、博と社長の舞台裏ネタまで。UFOの型が寅の帽子。さくらまで「本当に飛んでいけるのかなにぁ」と。心配するの、そこかい。で、起きたらピンクレディのUFOが流れていると。そんな時代なのですね。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、寅がシャッターを押そうとして人につまずくのをきっかけに大騒動に発展する篇。夢といい、かなりドタバタコメディ色が強い。

何となく気になる、旅一座の大空まゆみ、岡本茉利は武田鉄矢を降る女の役。二人が全く水と油の個性でおかしい。演技が全然噛み合ってないし。

木の実ナナは木の実ナナである。演技するというより、ほぼそのまんま。あのド派手な顔とはちきれるような明るさ。やはり得がたいキャラクターである。踊りを披露するわけだが、さすがにスタイルが抜群ですね。

寅の手紙で「ついしん」を「おいしん」と間違える細かいギャグ。

さくらはまた寅の金の支払いのために旅へ。倍賞千恵子がバスに黙って乗る横顔がいい。私の好きなさくらの旅のシーンである。

パチンコ屋で寅の横に座ってすごい存在感だった杉山とく子が、その演技を認められて?
武田鉄矢の母親役で登場。

寅が改心したという長い長い念入りなフリがあって、
木の実ナナが登場して寅が放心して黙ってついてっぃて一気にダメになる見事な本(笑)。

寅と幼馴染という八千草薫パターンで寅を「おにいちゃん」と呼ぶが、今回は本当に純粋な幼馴染で寅を全く男としては見ていないというパターン。

おいちゃんが社長に「寅はおまえの楽しみのために失恋しているわけじゃねえ」とか大真面目に言うのが妙におかしい。

木の実ナナに結婚話を打ち明けられて、さくらが「やっぱり」というのがおかしい。寅のことを考えてなんとも言えない表情をしてね。

竜雷太わかっ。それにしても木の実ナナは本当に感情が自然に発露する感じでいいですねぇ。

今回の寅は、マドンナと恋人の雨の中のラブシーンを見せ付けられる。結構残酷なパターンだ。

木の実ナナの家に止まらないことだけは博もおいちゃんも全面信頼している。寅の純情がこのあたりから明確になってくる。

寅の「オレだったら踊り子をやめさせるようなことはしねぇ」といいきるのが泣かせますねぇ。

ダンサーが武田鉄矢を振る際に「きれいな思い出にしようね」というのは、岡本茉利と同じセリフ。忘れた頃に。お得意の脚本パターンである。
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2011年03月06日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎頑張れ」第20作メモ



これもとても好きな作品。特に、長崎平戸の部分。

「寅の夢」は、とらやファミリーが成金になる夢。さくらだけは控えめだが、あとは全員堂々たる成金ぶりである。博がぶどうの房をもって現れるが、一体どんな金持ちのイメージなのだろう。そして、食事もミニオケの伴奏つき。「ジークフリート牧歌」ですかと。吉田義夫と岡本茉利の旅一座の父娘も登場して、ラストシーンと形式的につながっている。家族全員が寅を笑って、ある意味、「寅の夢」中でも一番の悪夢かもしれない(笑)。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、江戸川のほとりでジャム・セッションをしているところに、寅がサックスに柿を放り込んで音が出なくなってしまうパターン。サックスを吹く男の津嘉山正種は、オープニングのレギュラーだ。

もし本当に「押し売りが来た」と通報されて、サイレン鳴らしてとんでくる真面目な警察がいたらイヤだ。

パチンコ屋で寅の隣に座るおばちゃん役の杉山とく子が存在感抜群。寅に「どうだ、ばばぁ」とか言われているし。

満男も結構悪がきになって、源ちゃんに猿回しの猿をさせたりしている。

寅は中村雅俊が大竹しのぶに惚れているのをすぐ察する。そういうところには本当に敏感すぎるくらい敏感だ。

それにしても、当時二十歳の大竹しのぶは本当にうまい。天才である。

個人的には、中村雅俊や大竹しのぶが出ていると同時代を感じる。私は「男はつらいよ」を全部見たのは、渥美清が亡くなってからだった。若い頃はビスコンティに心酔するイヤな映画青年で、「男はつらいよ」なんがバカにしていたのだ。要するに、そういう私の方がバカだったということである。

寅が若い二人の恋愛に興奮しているのを聞いて、博が「そりゃ、まずいな」と真顔で言うのがおかしい。

博が「選手の時はダメでも、コーチになってよくなったということもありますからね。」と言うのがひどすぎる(笑)。

満男と中村雅杜俊が「電線音頭」を歌っている。懐かしい。そういう時代なのね。

「寅のアリア」はデート指南。相変らず笑ってしまうくらい細部まで具体的だ。

あんなに詳しく寅が教えたのに、なんで二人はジャパニーズ・ホラーを見ているんだよ。と。

中村雅俊がガス自殺を図るシーンはヒッチコック映画のようなサスペンス。マッチに火がつかずドキドキして、下の皆に絵が降りてきていつ爆発するかとハラハラする。寅がふうーっと息をぬいたところで爆発する。そのタイミングも精密に計算されている。

御前様が「寅が逃げた」と「猿が逃げた」をかける。寅が「猿が腹をこわしている」と「中村が失恋している」をかけてからかった報いで、こういうところも凝った脚本だ。

寅は、まだマドンナも見ないのに、中村の姉が独り者だと聞いてだけでソワソワしだす。もう見境なしの惚れっぽさじゃないですか。

神父役の桜井センリが素晴らしい。船長に寅が藤村志保に惚れているというのを勘違いして自分が言われていると思って勝手に告白するおかしさ。その妙にオカマっぽい動き。道路を横断する際に、神父と船長が同時に左右を確認する動き。動きだけで笑わせてくれる。

おいちゃんが、寅がマドンナに惚れた状況を冷静に推測するところが妙におかしい。

寅が藤村志保と二人きりのところを妄想する「寅のアリア」は、本当に一人でやっていて、最早ほんまもんの妄想である。

中村が「ほれとるばい」といって、さらに桜井センリが「ほれとるばい」を重ねるお得意の脚本パターン。

さらに、満男が伊勢海老をザリガニだというのはまだしも、博までザリガニだと重ねる同じパターン。博まで、と意表をつく。

平戸の夕焼けが美しい。「男はつらいよ」は夕焼け映画なのだ。

シューベルトの菩提樹を歌う大竹しのぶのおじさんはいい声していますね。なんという役者なのか確認できず。

マドンナが寅の気持に無頓着で気づかないパターンは多いが、それを弟の中村が教えて姉を諌めるという初めてのパターン。普通に考えると気がつかないのが不自然だけど、映画の設定上仕方ないのか。

藤村志保が「寅さんはね、あんたの考えちょるより、もっともっと心のきれいか人よ」というのは、これまた真実を語っているのだ。そして、さくらも「そういう気持を知ったら満足するはずよ。兄ってそういう人間なのよ」というのも、また真実。本当に寅というのは本当に得がたい素晴らしいキャラクターだ。と素直に思う。

桜井センリが中村の恋人が来ると聞いて、子どもたちに丁寧に挨拶しながら、いてもたってもいられなくなって、最後は猛然とダッシュする動きのおかしさ。本当に素晴らしい役者だ。

柴又は珍しく雪の正月だ。

ラストで寅が坂道を降りてきて、お地蔵様にみかんをのせるあたりの絵の構図が、なんとも印象的である。そして、旅一座との再会はラストとしては一番安心感がある。寅の生き方の仲間、同類だから。












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2011年03月05日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎と殿様」第十九作メモ



「寅の夢」は、嵐寛寿郎にちなんで「鞍馬天狗」篇。敵が次々に自滅していくギャグ。戦いの最中にさくらが「どうしたの、おにいちゃん、ももひきなんてはいて」ととぼけて言うギャグつき。ついに夢の中にまでギャグだらけである。

「江戸川オープニングサイレントコメディ」は、グラビア撮影のフィルムを白日の下ひっぱりだして大騒動になる篇。それをよそに寅が逃げ去るというパターンが増えてくる。

キャスト字幕は、嵐寛寿郎を差し置いて三木のり平がトリ。そういう位置づけなのか。

冒頭の犬に「寅」とつける脚本が実によく出来ていて笑う。特におばちゃんがポイントの面白セリフを連発。@おいちゃん「そろそろ帰って来るかな。」おばちゃん「ポチかい。いや違った、寅さんかい。」Aおばちゃん「寅、ごはんだよ、寅っ」寅「犬みたいに呼ぶなよ。」そして博の「寅、なんだこんなところにクソして」。と寅の反応といったら。Bおばちゃん「あらっ、おんなじ名前だねぇ、あたし、ちっとも気がつかなかったよ。」そんなわけないと。「寅ちゃん漢字だしねぇ。」フォローになってないし。Cおばちゃん「そんな犬かわいがらなくたって、うちには立派な寅ちゃんという犬が、いや人間がいるんだからねぇ。」そして寅の反応(笑)。そして何とかおさまったところにKY社長が「とら、とらとら」とやってくる御馴染みのパターン。Dおばちゃん「だからポチに変えたほうがいいっていったんじゃないか。」今更そんなこと言ってもというオチ。

寅も、鯉幟騒動で一度は怒るが、若い時ならすぐ飛び出していたところを、一度はこらえて二階へ。少しは成長したか。でも、犬の寅騒動では我慢できなくなるのだ。

寅の正式な「それをいっちゃあおしまいよ」は初めてか。今までは「おしまいだよ」とか微妙に違っていた。でも、今回はおいちゃんのセリフが「出てゆけ」ではないので、実はパターン確立まで結構月日を必要としているのだ(笑)。

真野響子は、そのまま現在でも通用するタイプの美人で色っぽくていいですね。

寅がかっこよく真野響子に鮎をプレゼントするが、寅が隣の部屋で反応をうかがって盗み聞きしているのがいやらしい(笑)。

旅一座の娘役の岡本茉利が配達人役でチラッと出てくる。

三木のり平は、あの強烈な容貌で、ちょっと「男はつらいよ」的でないコメディセンスで毒気を発している感じ。忠臣蔵パロディでも、意外なオチで。なんとなく三木のアドリブっぽい。

そして
、次は水戸黄門のパロディと。

「寅のアリア」は、寅が駆け落ちして旅先で病死するパターン。おばちゃんが真面目に同情するのが笑える。おばちゃん大活躍。おいちゃんが変わってからコメディ担当の負荷が増えた感じ(笑)。


嵐寛寿郎と真野響子が夕暮れの江戸川のほとりの道を二人で歩いてゆく後姿はワイエスの絵のようだ。

寅が真野響子と結婚した妄想したミニアリアをした後に博が冷静そのものに「自分のことを言っているんですね。」というのが妙におかしい。

殿様の手紙に「即ち私の友人にして最も人格高潔清廉潔白なる人物、車寅次郎くん」というのは、まさしく本当のことを言っているのだ。そして、博が「あれっ、へんだな」と真顔で言うのに腹を抱える。

実は寅がはっきり振られる回は意外に少ないのだが、今回は久々に分かりやすく振られる。長山藍子マドンナの回とパターンが似ている。マドンナが寅の気持に気づいていないで残酷なことをぃってしまうところも同じだ。そして寅が珍しく結婚する気になったところも。
寅の失恋パターンも分類できそうである。リリーや八千草薫のように逆プロポーズされて動揺して絶好球を見送ってしまうパターンなど。




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2011年03月04日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎純情詩集」第十八作メモ



京マチ子登場。「男はつらいよ」のマドンナの場合、どちらかというと寅が愛でる美しい花といつた意味合いも強くて、マドンナに表現者としての「女優」が求められるといわけではない。勿論、リリーのような魅力的な存在感を発揮する場合もあるけれども、マドンナが本当に深刻な人間的な問題に直面するわけではなく、美しい花のイメージにとどまる。また、観る側もそういうマドンナに期待して安心して楽しむことが出来る。
しかし、本作の場合はマドンナが病から死に至る稀なケースである。そういう難しい役柄を京マチ子はみごとに演じている。世間ずれしていない心が娘のままのような天真爛漫な年配の女性というのは、本来京マチ子にはあわないところもあるような気もするが、ここでは見事にそういう女性になりきっている。また、「男はつらいよ」という基本的にはコメディで、その劇の笑いの要素を殺すことなく深刻になりすぎずにコミカルに演じながらも、自身の病気や不幸な境遇を感じさせるさりげないが深い表現も行っている。テーマのせいもあるが、マドンナが女優として見事な表現行為をしている作品なのだ。日本映画を代表する女優の京マチ子が出たかいがあったといえそうだ。今回改めて見直してみて、特にそのことを強く感じた。

「寅の夢」はますますエスカレートして「カサブランカ」風で、寅はなんと「アラビアのトランス」である。寅ともさくらがフランス語を話したりする。
吉田義夫も登場して、相変らず見事な大袈裟な「倒れ芸」を披露している。そして、フランス映画風なのとは関係ない「おにいちゃん」
のキメ台詞がシュール。

「オープニング江戸川サイレントコント」(と呼ぶことにした)は、映画中の映画撮影で、寅が移動カメラの先にたってじゃましてぶちこわしにして大騒ぎになるパターン。こちらも、段々凝ってくる。

小学校の女性担任が家庭訪問に来る日に寅が帰って来て、博が「よわったなぁ」という一言がおかしい。そして。寅が散々邪魔した後に博が「いくら兄さんでも今の態度は許せないよ」と怒るのもおかしい。博がまじめに笑えるセリフを言うパターンが増えてくる。そして、寅に婿のくせい生意気言うなといわれのだが、最初のことろは寅をぶんなぐったりしていたんですけどね。

満男も随分大きくなった。そして、あんまり賢くなさそうなのが、親似でなく寅似なのだ(笑)。

長野県の別所温泉付近の「自然の中の寅」が結構長く映る。何度も言うが寅のあの顔とファッションが、妙に自然とマッチするのだ。

旅芸人一座との再会する。岡本茉利がそんなに器量よしというわけではないが、一生懸命な純粋な心の娘役でなんだかすごく印象に残る。そして、吉田義夫がものすごい白塗りで学生の役を、思いきり田舎芝居の大袈裟さで演じきるのだ。岡本茉利が芝居のセリフでいう「人間はどうして死ぬんでしょうね」を、京マチ子が繰り返す。「男はつらいよ」得意のパターンである。

寅は旅芸人一座を接待して無銭飲食して、さくらに迷惑をかけてしまう。寅は現実的にはどうしようもない男だが、寅がわびしい旅一座を楽しませたいという気持はあくまで純粋である。京マチ子への愛も、結局しに直面するマドンナの心にあかりをともすことになる。寅は不良のマザーテレサなのだ。翌朝の、旅一座の別れの挨拶のシーンも含めて、なんともしみじみするよいシーンで゛ある。

倍賞千恵子のさくらが、寅の無銭飲食の支払いをするために旅をする。そして、さくらにも旅がよく似合う。さくらも、結構な回数、寅のおかげで旅している。

寅の「いい雰囲気の警察でしょ」がおっかしい。

寅が檀ふみと再会して「帰ってらちたの」と甘えて赤ちゃん言葉になるのが凄い。京マチ子と初めて会って恥じらいながら「とらじろうです」と蚊のなくような声でいうのも腹をかかえる。寅のマドンナへの表現も過激に進化している。

「寅のアリア」の、柳生家(すごいわかりやすい名前だ)の食事の様子の描写が実に巧み。目に浮かぶようである。

源ちゃんに逃げられた御前様が自分で鐘をつくことがおかし。

浦辺粂子は、成瀬映画に出ようが、男はつらいよに出ようが、手品をしていようが、常に浦辺粂子なのがすごい。そして、寅にお世辞をつかって寅からおこずかいをせしめたりしているのだ。

さくらさんが、檀ふみ先生と結構タメ口て話しているのが、なんか下町らしい。

皆で祈りをしているところに、社長がやってきてお経をとなえて皆が笑い出すところ。あれは本当におかしい。

皆で、京マチ子がどういう仕事が出来るのかを語り合い、彼女が余命いくばくもないことを知っているさくらと檀ふみが悲しそうな表情をするシーンはなんとも言えませんね。

京マチ子はコミカルにやりながら、ちゃんと同時に悲しい女の人生を表現しているのが見事だ。

普段はマドンナと寅の関係を気に病むさくらさんが、もう人目なんか気にせずに寅に京マチ子に会いに行けというところが泣ける。

京マチコと結果的には最後になるシーン。京マチ子が「顔色も悪くないでしょ」といって寅が「それもそうですね」と答えるが、実際はひどい顔色で、浦辺粂子が「庭が枯葉だらけになって」という一言がよくきいている。緻密な脚本である。

この(実質)、寅とマドンナの別れになるシーンは素晴らしい。二人の偉大な役者がやりあっているという感じがする。

京マチコが芋の煮っころがしを食べたいと聞いて、寅が芋を袋こど買ってきて、さくらが泣きなそうになりながらつくるしところは文句なく名シーンだ。

寅とさくらが柴又の駅で、京マチコの花屋の話をするシーンでは泣いちゃうよ。普通にいい話である。そして、二人の駅での別れでも最も悲しいシーンなのに、寅は笑顔で去っていくという演出の素晴らしさ。一方、さくらは泣き顔で悲しそうなのだ。




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2011年03月03日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」第十七作メモ



芸者ぼたん役の太地喜和子のマドンナが素晴らしい。寅と同じ種類の人間で、リリーのライバルになってもおかしくない存在で、彼女がマドンナの続作がつくられなかったのが残念なくらいである。

「寅の夢」は、ついにジョーズ篇。おいちゃんも、おばちゃんも、満男も食われ、源ちゃんが下半身を食われた残酷図までうつされ、さくらも気がふれてしまい、ジョーズに食われて、寅がさくらのちぎりれた足二本をもつ超残酷シーンが。といっても、源ちゃんもさくらも、はっきりつくりものと分かるように撮られているわけだけれども。倍賞千恵子の演技がうまくて妙に感心してしまう。そして、寅が起きると釣りをしていてちっちゃな魚を釣りあげるが、かみつかれるというジョーズとつながっているオチ。本当に脚本の芸が細かい。

オープニングの「江戸川沿い騒動」は、子どもとチャンバラして、親が怒って大騒動に発展する篇。寅がきっかけで、本人の関係ないところで騒動になるパターンはこのあたりからか。

寅だけが宇野重吉じいさんをかばって優しい。いや、「寅のアリア」でみせる老人への思いやりはマジで勉強になります(笑)。笑いに紛らせているけど、寅は単なる情けない失恋男ではなく天使なのだ。

大雅堂の主人の大滝秀治が実にうまいですね。ああいう古本屋の主人は本当にいそうだ。

絵が7万円で売れてさくらにみせたら、「お兄ちゃん、泥棒だけは」と泣かれるのは分かりやすいけど、やっぱり笑える。倍賞千恵子の表情が真剣そのもので。

旅一座の「花形女優」の岡本茉莉が宇野重吉宅のお手伝いで出ている。

龍野の風景が美しい映画。特に俯瞰の屋根がぎっしりの絵が印象的。

観光課長役で桜井センリがシリーズ初登場。「男はつらいよ」で、個人的には一番好きなバイプレイヤーである。ここでも、不思議な歌声や踊りを披露している。すごく芸達者で独特の雰囲気をもった役者だ。インチキ神父みたいのをゃっていたのも、よかった。

太地喜和子は本当に派手で華がある。寅のイモがころげて、寅と笑いあう出会いからして素晴らしい。笑い声が豪快で。明るくてキップのいいい芸者役がはまっている。桜井センリが「龍野代表する役者」だというのも納得。「溶けて流れりゃ皆同じ」という歌の文句もいい。

太地喜和子が普段着の派手目な様相で、塀に挟まれた狭い路地を小走りにこちらに走ってくるところは映画的なシーン。そして、太地喜和子はスタイルが抜群である。

「奮闘篇」でマドンナの花子を好演していた榊原るみが、お手伝いのチョイ役で登場する。

龍野の夕焼けの連続カットが美しい。江戸川の土手の夕焼けもよく出てくるが、「男はつらいよ」は夕焼け頻出映画だ。

太地喜和子登場のテーマ音楽もなんだかピッタリである。

寅とぼたんが、とらやで再会するシーンは、寅とリリーと雰囲気がよく似ていますね。

寅に、「博にぼたんなら三日で飽きちゃうよ」といわれて、「そんなことはありませんよ」と真顔でいう博の演技とそれを見つめるさくらが微笑ましくて笑える。

マドンナが深刻な金銭トラブルに巻き込まれるというパターンは結構珍しい。博の表現を借りると「はじめてのケースだ。」

佐野浅夫は憎憎しくて素晴らしい。どうでもいいけど白いベルトがダサい。

タコ社長もいいとこをみせる。金を取り戻せなくて寅に「気が済むならなぐってくれ」というところなんざ泣かせる。社長の髪の毛が乱れて前に垂れているのが苦労をしのばせます。細かい演出。

寅が、刑務所行き覚悟で佐野を殴りに行くシーンは泣かせるが、ちゃんと行き先が分からないというオチをつける緻密な脚本(笑)。

ぼたんのトラブルに気をとられて、寅とぼたんの恋はめだ゛たないまま終わるし、特に寅が失恋するわげてもない。でも、さくらがいうように「ぼたんさんはお兄ちゃんがすきなんじゃないかしら」である。何も起こらずに終わるので、本当にこの二人の続編を見たかったと思う。

宇野重吉に寅がたんかをきるシーンも普通にいい。そして、宇野重吉の後ろ姿で全てを表現する演出。

宇野重吉がさくらに方角を聞くシーンが、ラストの寅とぼたんのシーンとつながるお得意の脚本パターン。そういうところを観る楽しみがね「男はつらいよ」シリーズにはある。

ラストの龍野での寅とぼたんのシーンも素晴らしい。渥美清にも負けない圧倒的な太地喜和子の存在感。龍野の俯瞰の屋根の絵。この作品は、「映画」としての完成度も高くて秀逸である。何度も言うが、寅とぼたんの本格的な恋もみたかった。

















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2011年03月02日

山田洋次監督「男はつらいよ 葛飾立志篇」第十六作メモ



地味な作品という印象だったが、改めて見ると特にとらやファミリー関連シーンがシリーズとして練れてきていて結構笑った。

「寅の夢」もどんどんエスカレートしてきて西部劇篇。いきなり、倍賞千恵子が酒場で歌う。米倉斉加年と上条恒彦が前作に続いて夢出演。吉田義夫が西部劇だろうがなんだろうがいつもの調子である。渥美清の四角い顔のガンマンは理屈ぬきにふいてしまう。

オープニングは、野球のボールを草むらのカップルにぶつけてしまう篇。デブの大漢がニュッと出てくる凝ったつくりが意表をつく。

桜田淳子が毎年500円だけ送ってくるというと、おばちゃんが真顔で「やっぱり寅ちゃんかねぇ」というのが妙におかしい。他にもおいちゃんが「こいつはバカだけどウソはいわねぇ男だから」、おばちゃん「そうなのよ」とか、真顔で言いたい放題である。

寅がおゆきの思い出を語る「寅のアリア」はなかなか泣かせる。そして、そのいい話の後に家族がまたひどいことを言う。博「でも、結果が違ったからよかったんでしょう。」、おいちゃん「そっか、ホッとしたわけか」、社長「不幸中の幸いだよな」、全員でワッハッハッハ。寅もすごいひどいこと言われてるし。こういうとらやの家族芸が絶妙な作品である。寅が怒っていうセリフもいい。「歯、全部むき出してゲタゲタ笑いやがって。入れ歯だったら落っこちるぞ。おまえたちは、みんな悪魔か。」悪魔って(笑)。よくでくきた脚本である。渥美清のアドリブも入っているのかな。

ついに御前様まで、寅がほれるのに心配して「こまった」と言い出す。寅やファミリーも勿論、おばちゃんまで「こまった」と御前様の言葉を繰り返すのだ。この作品は寅が言われ放題である。

大滝秀治は常に大滝秀治ですね。

やっぱり寅に言わすと「きっちゃてん」であり「こーしー」である。池内淳子マドンナの回と同じく。

樫山文枝マドンナに寅が喫茶店で色々教えたと聞いた、下條正巳おいちゃんの「かぁぁ」という反応が笑える。下條正巳おいちゃんもスタイルを確立させつつある。結構江戸っ子の毒舌でね。

寅のムカデの足の話が結構おもろい。とらやファミリーが皆で笑うシーンはよくあって、時々そんなに面白くない話で笑っていることもあるけど、これは本当に面白い。

寅が、勉強するためにめがねをかけるのを博に本気で叱るのが笑える。博まで、寅の話をききながら、おいちゃんみたいに「イヤだイヤだ」という顔をする。結構寅が虐待される作品である。

名優、小林桂樹登場。ただ、個人的にはあんまりはまってないと感じた。ちょっとやりすぎているのかなぁ。コメディは難しい。でも小林桂樹も黒澤の「椿三十郎」でのコミカルな役など素晴らしかったけれど。やっぱり渥美清は偉大だ。

「男はつらいよ」には、寅と対照的な「インテリ」が結構登場するが、常に経験的な智慧の持ち主の寅をひきたたすための存在である。

さくらさんの野球ヘルメット姿が珍しい。

寅の恋敵?の大学教授の小林桂樹もマドンナに振られる珍しいパターン。そういえば警官役で出ている米倉斉加年も大学助教授役でマドンナに振られていた。山田監督も寅と同じで「インテリ」に厳しい?

とらや家族の毒舌は小林桂樹にまで向かう。おいちゃん「あの先生だって捨てたもんじゃないぞ。」、博「ひげそってね。」、社長「ちゃんと背広着てね。」、博「風呂に入って。」、おばちゃん「歯、磨いてね」、ワッハッハッハ・・をテンポよくやる。とらや家族の毒舌芸がめだった作品であった。


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2011年03月01日

山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」第十五作メモ



「男はつらいよ」の代表作なると、やはりこれになるのかもしれない。リリーマドンナの中でも、これが一番いいし(他もいいけど)、作品としての完成度も高い。渥美清も元気一杯で、若さと円熟の両面のよさがある。シリーズ作品としても、コメディ色の強い初期作品と真面目なところも多くなってくる後期の境界線にあってバランスがいいし。

「寅の夢」まで出来がよくて、この「海賊船の夢」は最も印象的なものの一つだ。米倉斉加年と上條恒彦が、この夢のためだけに出演しているのも豪華。吉田義夫も一度お休みだったが、無事こーーい奴隷船長で復帰。寅はタイガー、さくらはチェリーだけど、満男は満男で「そのままなんかいっ」と思わずつっ込んでしまう。

夢から覚めると映画館で、寅が映画館のオバチャンに「面白かったよ」というと「あぁ、よかったね」というのが場末の映画館ぽくってよい。

オープニングはさくらが江戸川のほとりを自転車で走るパターン。寅は出てこない。

リリーは、「忘れな草」では化粧も濃くて素人じゃないことを強調されていたが、この回では髪もショートでサッパリしてきれいだ。

寅が、夕方商売が終わってトボトボさびれた町を歩き、カメラがパンして綺麗な夕焼け空というシーンがいい。今回まとめてみていて、旅先の街並みや自然の中の寅の絵がどれもすごくいいと思った。

船越英二と渥美清の対照的なキャラクターがとてもいいわけだけど、船越英二はこの作品だけだったのが惜しい感じ。改めて観ると、船越は背も高くて堂々として男前でリリーがほれるなら普通に考えるなら寅じゃなくて船越パパなんだけど、見事に人畜無害な中年男のオーラに成りすましていて、二人を邪魔していないのが見事だ。

おばちゃんが、嫌味な船越妻の前で「ございませ」言葉をつかうとこがおかしい。そしてKY社長が品のない無神経発言をするいつものパターン。

ラーメン屋でパパをはさんで寅とリリーが再会する名シーン、この二人の嬉しそうな様子は演技をこえてますな。本当に相性がいい。

寅はリリーに足をあっためさせてくれといわれて断るくせに、あとで「いつものように足をあっためてやろうか」と家族の前ではふくのだ。悲しい男である(笑)。

寅、リリー、パパの夕焼け海岸石投げのシーン美しい。さりげない自然シーンが多いですね。

パパが万年筆を売って寅がサクラをするシーン。あんな派手なサクラじゃすぐバレルだろっと思うが、そういう細かいことは気にしないでおこう。「ママじょうやも一本買ってあげたら」はいいですね。

寅に「男に捨てられたんだろ」といわれた際のリーの悲しそうな顔はいいですねぇ。あれは寅じゃなくてもほれてまうわ。

寅とリリーが再会して謝りあうシーンは、見ていて恥ずかしくなるくらい仲いいですね。

寅が団子屋なのに客を断ってしまうのはシリーズ中、何回あったのだろうか?

博のうたは見事にひどい。そしてリリーが歌うバックで盛り上げる寅がかわいい。

階段を上がるリリーを寅が見送るところでのリリーの甘えっぷりもかわいいことこの上ない。というわけで、観る側もどんどんリリーにはまってゆくのだ。

「寅のアリア」の「リリーが劇場で歌う」は本当に素晴らしい。さくらさんが「リリーさんに聞かせてあげたかったな」というのだが、BSで全作品放映された際に、特番で本当にこのシーンを浅丘ルリ子に見せたら、浅丘が涙を流したのはすごかった。映画と現実が交錯してしまっていた。

パパがさくらに「寅さんとりりーさんの結婚式の時には呼んでください」とうのを聞いた寅の喜びの表現のおかしくて見事なこと。あんなに人は無邪気に喜べるものだろうかという。そして、ゲストほ夕方の江戸川の土手道で見送るシーンはシリーズ通じても、どれも美しい。

そして伝説のメロン・シーン。「男はつらいよ」全作を通じても白眉中の白眉である。寅が「わけをきこうじゃねえかよ」と切り出す間や表情が絶妙すぎていきなり腹をかかえる。「どうしてみんなのつばきのついたきたねぇ食いかすをオレはくわなきゃならねぇんだい」と続くその表現がいいですよね。そしてリリーが逆切れするあの爽快感(笑)。博がすっとしたと言うのも当然である。さらに、それに対して寅が「かぁぁぁ、憎たらしい口ききやがって、これでも女でしょうか」というところは何度見ても笑ってしまう。あの言い方。「男はつらいよ」全体を通じても最も笑える寅の名セリフだ。

寅とリリーの相合傘の名シーンも、キスをするわけでもなけりゃ愛の言葉を交わすわけでもないけど、日本映画史上、いや世界映画史上でも有数のラブシーンである(笑)。
さくらがリリーに寅のかわりにプロポーズする際のリリーの表情のよさといったら。いつもは陽気なリリーが初めてもみせる表情である。寅は絶好球を見のがすわけだけれど、あの状況じゃ仕方ないというところもある。八千草薫に逆プロポーズされた際は腰を抜かして、今回は「冗談だろ」といってしまうが、常に寅は間が悪い(笑)。シリーズが続くためには結婚させるわけにはいかないというのもあるのだろうけど、個人的には寅がリリーと結婚できないと思う気持がよく理解できるし説得力もあると感じる。

二階で寅とさくらが語るシーンでは、成瀬映画のような雨と雷。「あいつもオレとおんなじ渡り鳥よ。腹すかせてさぁ、羽けがしてさぁ、しばらくこのうちに休んだだけのことだ。いずれまた、パァーと羽ばたいて、あの青い空へ、なぁさくら、そういうことだろ。」
文句なしの寅の名セリフ。そしてさくらが頬に一筋の涙を流して「そうかしら」と応えることできちんと完結する。

船越パパが来て、さくらが「リリーさんと兄は本当に仲のいい友達だったんじゃないかって、そんなふうに」と言う。まさしく。男女の仲さえ超えてるところがある二人だったのであった。

海岸に旅行カバンが置かれていて、海を後姿で見つめる寅。この作品は全体を通じても自然のシーンが美しい映画だった。










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