2011年02月21日

山田洋次監督「男はつらいよ 奮闘篇」第七作メモ



寅が女性に惚れるのは、あくまでも美しい花を愛でているのであって、生身の女性との関係性を覚悟しているわけではなく、だからいざ女性側がその気になると寅は狼狽してしまう。寅は徹底的なプラトニストであり、恋に恋する人である。だから、寅が毎回失恋しても、観る者は気持ちよく笑い飛ばすことが出来るのだ。
しかし、この映画は珍しく、あるいは全48作中、実は例外的な寅の恋愛劇だ。花子は穢れなき存在である。そういう意味で、男として稀有なくらい純粋な寅と奇跡的に釣り合う存在なのだ。いつもは美しい花としての女性のまわりを、嬉しそうに飛び回る蜂に過ぎない寅も、花子に対しては人間としての興味関心を示す。それは、普通の男女の愛を超えた、慈悲にも近い純粋な愛である。
だから、寅は花子に対して過保護なくらいまもってやろうとする。タコ社長の女癖を心配するのは勿論として、御前様さえもが「男」として不安をそそる存在なのだ。寺の前の落書きの「スケベ」をみただけで被害妄想的に不安になるのは、寅の愛情の深さの証拠だ。
だから、寅はもはや花子に対しては、単に美しい花を愛でるのではなく、実際に一緒に暮らし結婚して守ることを本気で決意する。恐らく寅が本当に愛せるのは、花子のようなタイプだけなのだ。リリーはどうだといわれるかもしれない。しかし、あの二人は異常に深い魂の親和性を有しながらも、本質的には最後まで男女の関係ではなかったと思う。さくらが、あの二人を「仲のいい友達のようなもの」と言ったように。さらに言えば、寅とさくらという最も人倫的で高潔な関係性を構築するのが可能な「兄妹」の関係性と、寅とリリーの関係はどこかでパラレルだ。
しかし、ここはリリーについして語る場ではない。ともあれ、寅は本気になって花子を愛した。通常の男女の関係とはちょっと違うが、本物の愛であることには間違いない。だから、寅は花子がいなくなって本気で傷つく。そして、それを寅に告げるのは、もはやさくら以外にはありえず、なおかつさくらは寅に「花子は先生と青森に帰った方が幸せだ」とはっきり言わなければならせないのだ。さくらは寅の本気を一番よく知っていて、なおかつ寅がたとえ相手が花子であっても現実の関係性を構築するのが不可能なのも理解しているから。
本作は「男はつらいよ」史上、最も深刻な恋愛ドラマである。

「寅の夢」はなく、寅の語りから始まる。「冬き来たりなば、春遠からじ」、をこんなに美しくいえるのは渥美清くらいだろう。

森川信おいちゃんの渾身の寅さん出迎えシーンがある。寅の物真似も絶妙だし、後ろにいるのに気がつかないフリをする演技も絶品だ。本当に、森川信おいちゃんは、もっと見たかった。

この辺りの作品まで来ると、家族シーンが精緻に練り上げられてくる。寅のおなら騒動も完璧だ。寅がおならをしたのを博に告げるのが、よりによってさくらさんで、「プゥーってぉっきいおならするんだもの」と、倍賞千恵子に言わすサディスティックな山田演出。そして、おいちゃんが「しかも、とびっきりくせえやつだぜ」とかぶせてくるのだ。もう、たまらないですよ。そして、家族の乱闘シーンにまで発展して、それをひきで撮るところで終わる。あくまで原因は寅のおならだけなのである。

柳家小さん (5代目)と犬塚弘が、それぞれいい味出しすぎ。こさんが、落語家らしく一人語りをするが、これを聞いていると渥美清の一人語りのすごさを実感する。

春の桜の季節で、おいちゃんが寝そべって横顔で、さくらがその向こうに居て、その先に桜の庭というシーンが、さりげないが美しい。

寅のサングラスとヒゲの変装はひどいが、榊原るみの花子だけがその変装に気づかずこわがるというオチとはね。うまい。ちなみに、寅が遠くにいるといって近所から赤電話のパターン二回目。

花子が、寅の嫁になろうかなというシーン。寅が本気にするが、花子は遠くで歌っている。残酷だ。花子は、きまぐれで言ったという設定だけれども、寅の名誉のためにぃっておくと「男はつらいよ」シリーズが続かないのであれば、花子が寅を本気で好きになってもおかしくないと思う。

実際のシーンないけど、当然花子も寅の部屋に泊まる。階段をのぼっていくシーンがちらっと映る。マドンナでは三人目。「寅さんクイズ」では、この花このことを忘れそうなので要注意(笑)。

「みどりはことなるものよ、あじなるものよ」を「縁は異なもの味なもの」とすぐ分かる博はえらいよ。

田中邦衛は本当にいい。何もいうことができないくらい完璧です。

寅に花子むが去ったことをいうクライマックス・シーン。言うはずの博が「しりませんか」と、マジメな顔をしておいちゃんにボールを投げて裏切るのが絶妙。

寅が花子を探して庭に出ると桜が散っている。こんな時にピッタリに。美しいシーンである。

こんな深刻なシーンでも、寅は光本幸子がやってくると思いきり愛想をふりまき、家族には怒り交代劇を繰り返す。おかしい。こんなところにまでコメディを入れる山田監督はえらいよ。

さくらが寅を探して東北を旅する一連のシーンはきわめて映画的。東北の景色や言葉が効果的で、なんだかフランス映画の一こまみたいだ。倍賞千恵子も、もともと色が白くてほっそりしていて透明感がある。ちょっと不安げな表情がとてもよく似合う。最後に寅に再開して。怒りながらあきれながらもホッとして笑ってしまう、あの何ともいえないニュアンスがたまらなくよい。映画的な「男はつらいよ」と、役者、倍賞千恵子の素晴らしさを満喫できる。





posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 男はつらいよ
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