2011年02月19日

山田洋次監督「男はつらいよ 望郷篇」第五作メモ



寅の夢は、おいちゃんが死ぬ夢。第二作でもそうだったが、まだこの頃はストーリーの忠実な伏線になるようにマジメにつくっている。

森川信のおうちゃんが、のっけから妙な動きをして暴れている。お得意の「まくら、さくらをとってくれ」も出た。あくまで森川おいちゃんが言うからおかしいのだ。

寅は普段役立たずだが冠婚葬祭だと実に手際がよくて有能である。日常生活とははずれた寅という存在を象徴している。

北海道の親分のところへ行こうとする寅にさくらさんが必死の形相で「かたぎ」で働くように解く。でも、寅はお金をもらったら全然
反省してない。ところが、寅は登にさくらに言われたのと全く同じ文句で説教するのだ。マジメな場面だけど、そういう細工が洒落ていてうまくできている。

今回シリーズを見直していて登という存在がすごく愛おしい。寅に田舎に帰れといわれて、泣くシーンとか。年齢によって色々感じ方に変化が出るのは当然だろうが、一番の発見かもしれない。

寅は、どうしようもない人間で家族も見捨てた親分をただ一人親身になって世話をしようとする。明るくて陽気なマザー・テレサだ。

松山省二の関係する一連の機関車のシーンは素晴らしい。機関車の取り方も、松山が機関室で石炭をくべるシーンも。寅が機関車に乗り込もうとして、「なんだここはあちいな」とか言うのがきいていて、見ていて機関士は大変な仕事だと思うように出来ている。寅が井川比佐志もSLに乗っていたと知って居住まいを正すシーンともうまくつながっている。

このSLのシーン一つとっても、山田洋次監督が撮ると「映画」だなぁと感じる。特に別の監督の前二作を見た後だと。長山藍子との月夜のシーンや、寅が振られて虎屋に夜に戻った際の家族の人たちの映し方など、「映画だ」と感じるシーンが多い。

寅が改心してカタギになろうとして、結局寅がどの仕事もイヤだという寅の語り。風呂屋で女湯で三助をする心配をしてお得意の具体的なディテールが明確な妄想が広がっていくところが絶妙。そして、おいちゃんが「何もそんなところまで考えまくたっていいじゃないか」というツッコミがごもっともです。

さくらが、寅の働き先で本当にオバサン以外誰もいないか心配して、結局長山藍子が登場した際に見せる、「やっぱり、困ったわ」の表情が何とも言えずおかしい。

長山藍子はテレビシリーズ時代の「さくら」である。気取ってなくて明るくて綺麗でという「男はつらいよ」向きのキャラクターで、マドンナとしてもいかにも「男はつらいよ」らしいと感じさせる。と言っても、どういうのがマドンナらしいかなんて結局ないけれども。ちなみに、折角毎回書いているので一応言っておくと、長山藍子も倍賞千恵子もやはりミニ。時代の流行だ。どの辺りの作品まで続いたんだっけ。

長山藍子と杉山とく子二「寅さんも育ちがいいのかもしれないわね」と言われて「じゃあボク寝ます」というところは渥美清の破壊力爆発だ。本当に笑える。しかも、もう一度言う。しつこい(笑)。


長山藍子と寅の月夜のシーンは、本当に「残酷」シーンだ(笑)。素晴らしい。

井川比佐志と長山藍子が結婚することを知って寅の勘違いが判明した際に、源ちゃんのみせる表情がなんともよくて効果的。
そして、翌朝にやっと寅の気持に気づいた長山藍子の表情もとてもよい。

御馴染みの寅が後ろにいるのに気づかず、おばちゃんが振られたんだよバカだねといい、何とか皆が体裁をつくろったところに社長がやってきて無神経なことを言って駄目押しして博に怒られるというおなじみのパターン。本当によくできている。ところで、後ろに寅がいるのに気づかないパターンでは森川信おいちゃんの、とっておきのやつがあったっけ。

そして寅の御馴染みのハガキ。「私こと、思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ反省の日々を過ごしています。」これ本当にいいですよね。「反省の日々」というのが。でも、毎回反省をわすれちゃってくれるんで48作も続いたのだ。





posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 男はつらいよ
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