2011年02月08日

成瀬巳喜男「 乙女ごゝろ三人姉妹」感想

これはとても素晴らしい映画だ。
1935年。成瀬初のトーキー作品。なるほど、そう言われると随所にサイレント的な演出映像が出てくる。
冒頭に当時の浅草の風景がかなり長いこと次々に映し出される。そして次女のお染(堤眞佐子)が下駄の鼻緒をきらせたところに、青山(大川平八郎)が通りかかり助けてやる。ここからして映像と二人の表情だけ見ていれば全て分かるし、そういうサイレントで台詞なしでいい撮り方が身体にしみついているようで面白い。
三女の千枝子(梅園竜子)はダンサーをしていて一人だけ洋装で登場する。「妻よ薔薇のやうに」の千葉早智子もそうだったが、それが何とも新鮮な感じで魅力的だ。近所の悪ガキどもをほうきで追い払うあたりも、サイレント・コメディダッチだ。それにしても、そういったところがなんとものどかで醇朴な時代背景を感じさせる。無論、生活は苦しいし今とは違うイヤなところも多々あったのだろうが、この時代の成瀬映画をみると、どれもほのぼのしてしまうところがある。そして、成瀬は戦後よりもこの時代によくマッチしているようにも思う。好き嫌いだけで言うと、私は戦後の1950年代の名作群よりも、戦前戦中の成瀬作品が好きだ。
長女のおれん(細川ちか子)は家をピアノ弾きの恋人と飛び出してしまっている。さすがに細川ちか子は貫禄十分で、他の役者が少し素人っぽいところがある中、堂々たるプロの女優という感じ。浅草の不良と女ながら一歩もひかずにつきあっているりも妙に納得してしまう(笑)。恋人のピアノ弾きだけは不良でなくマジメな男である。男が無理な肉体労働をして血を吐いて、細川が驚くシーンもサイレント的。むしろ台詞なんかない方がいいくらいだ。
しかし、この映画で最も強烈な印象を残すのは、次女のお染(堤眞佐子)だ。門づけをして、三味線で夜の町の酒場で歌ってお金を得るつらい仕事をしている。イヤな客に邪険にされたり意地悪されるのを耐えいてるが、母親も鬼のようでつめたい。しかし、心に全く穢れがなくて優しい女である。ちょっと、フェリーニの「カビリアの夜」を思い出してしまった。この堤眞佐子という女優は、決してきれいではないのだけれど、確かに人のよさがにじみ出ている。仲間の後輩のかけだしの女たちを優しくかばい、妹が母親に禁じられているのにひそかに恋人をつくっているのも優しく見守る。ちょっとした市井の聖女風なのだ。成瀬の巧みな演出もあって、観る者はこのお染がどんどん好きになってしまう。
お染が、町で着物姿で座ってあんこ餅か何かを食べているところを、通りかかる男がモデルのようにカメラでうつし、お染が素直に嬉しそうにポーズを取るシーンもなんともいじらしくて微笑ましい。すると、お染の破れた足袋が映って動揺するところもサイレント調だ。というか、このシーンは実際に台詞もない。
最後、妹の恋人が不良どもにゆすられるところに、お染が駆けつけてはつきりカメラには写されないが刺されてしまう。それを手配したのが不良と関係のある姉のおれんなのだが、それでもお染はおれんが恋人と地方にいくのを上野まで見送りに行く。二人が去り、お染が三味線を取り落としたところで映画は終わる。お染が大丈夫だったのか凄く気になる。しかし、このラストは「カビリアの夜」のラストでジュリエッタ・マシーナが泣き笑いしながら道を歩くシーンに負けないくらい美しいと思う。
1950年代の名作に全然ひけをとらない素晴らしい作品で、個人的には代表作の一つにあげてもいいくらいに感じた。総じてこの時代の成瀬映画には、戦後にない独特のよさがある。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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