2011年01月31日

成瀬巳喜男「春のめざめ」メモ

1947年の作品。久我美子が女子高校生を演じている。
思春期の男女高校生の、異性に対する意識や性の目覚めを描いた作品。さすがに時代を感じさせるテーマだけれども、高校生の描き方や、その時代の風景などが、なんとものどかで懐かしさのようなものを感じさせる。と言っても、私もその時代をよく知らないが。少なくとも、成瀬の現代ものを見た後だと、時代にはまっていると思う。
成瀬らしい映像もあり、特に嵐の晩の映し方は美しくて見事だ。成瀬の映画には雨が頻繁に登場するが、どのシーンもピッタリはまっている。
また、爽やかな青春ドラマなのに、女友達の中にに芸者の家族がいるのも成瀬らしい。
純真無垢な役柄の設定の久我美子が、両親に勉強で悩んでいると言ってウソの涙を流して、妹にそれを打ち明ける場面は、ちょっと意表をつく。成瀬らしくて面白い。また、妹に「お姉さんは大人なの」と言われて、不安定な感情が爆発して笑いころげるシーンも印象的だ。随所に成瀬的な演出の妙味を味わうことができる。
ただ、志村喬の父親に息子が「好きな娘が出来た」と打ち明け、志村も「よくいった」と褒めるシーンは、さすがに現在ではありえない。現代にそんな父子がいたら相当気持悪いはずなのだけれども、この時代だとそんなんに違和感はなかったのだろうか。さすがに、そんなことはないような気がするのだけれども。






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成瀬巳喜男「乱れる」メモ



「女の座」と設定や役者や雰囲気が似ていて姉妹編のような作品。なんだかテレビのホームドラマの大家族もののようだ。と思ったらテレビドラマがもとらしい。なるほど。
「女の座」でも変わり者のオールドミスを怪演していた草笛光子が、ここでもイヤな女をやっていて憎たらしくて素晴らしい。前半は、コメディタッチで加山雄三もうまくはまっている。後半は、加山と高峰秀子の純愛の様相を帯びる。加山に告白された際あたりで電話の会話のシーンで見せる高峰の女らしい表現はさすがに巧みである。「浮雲」のような世界が展開されるのかと、ちょっと期待してしまう。但し、真剣な愛のシーンになると、加山の方はちょっと繊細さに欠ける。そういう役の設定だけれども、こういう愛のドラマの高峰の相手役としては、すくし物足りなくて役不足のように感じてしまう。
そしてラストもあまりに唐突だ。全体に、脚本が粗い。コメディっぽいホームドラマのようだったり、少し練れてない愛情劇だったり。まだ、「女の座」の方が、コメディに徹していて面白いと思う。どちらにしても、成瀬が現代劇と取組んで苦戦しているように思えてしまう。どうしても古い時期の素晴らしい成瀬作品と比べてしまうと。
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