2011年01月09日

小津安二郎「彼岸花」雑感



毎回最初に話題にしてきた原節子は出てこないが、とても好きな作品。1958年。原の代わりというわけではないが田中絹代が登場する。もともと小津映画には出ていたが、後期ではこの作品だけ。やはり田中の場合は溝口のイメージが強いが、こうして小津作品に出ても、作品の様式観を乱さずにきちんと対応して画面に収まっている。有名な俳優だからといってどの作家にも合うかとというとそんなことはなくて、例えばポール・ニューマンがヒッチコック映画に出た際の違和感などは相当なものがあった。
冒頭では、佐分利信、中村伸郎、北竜二の不良オヤジ三人組が、飲み屋の女将・高橋とよを品のないジョークでからかう定番の場面がある。これを小津も気に入ったのか、「秋日和」などで本格的に展開していくことになる。
例によって、父親とその娘の結婚をめぐる物語なのだが、親子の情愛というよりは、佐分利信が徹底的に頑固なものわかりの悪いオヤジ像をコミカルに熱演する、ちょっと変った作品である。例えば、娘の有馬稲子に対して、恋人の佐田啓二と「おまえ、まさか関係はあるのか」と、見境なく問いかけてしまって有馬にとことん軽蔑されてしまうシーンなど、かなりおかしい。すごく重厚な佐分利信がやるので、あかしみが増している。
他にもこの映画では、随所にくすぐりが巧妙にしこまれている。例えば、浪花千栄子lがお土産を佐分利家にもっていき、お手伝いの長岡輝子に渡して、「それ、むおうちにですよ、あなたにじゃありませんで」とか何とかいって、長岡が無表情に「はっ、わかっておりす」と返す絶妙なコント、田中絹代が佐分利信に色々言われて反撃する際に着物をきれたように放り出す迫力、高橋貞二がルナで飲んでいると来るはずのない佐分利がやってきて、あわてて店員でもないのに「いらっしゃい」とやるシーン等々。どれも、こうして文字化しても面白みが全然伝わらないだろうが、全てがきちんと統制され計算されつくした絶妙のコメディ、コントになっているのである。そういえば、ルナのシーンは若い時に初めて劇場で見たときにゲラゲラ声を出して笑ってしまったことを思い出した。
そして、原の代わりというわけではないのだろうが、山本冨士子がゲストで登場するのだが、これが大変美しくて華やかである。常に着物で登場するのだが、改めてみて実に派手ながら趣味が良い見事な着物で映えている。浪花千栄子と並んで早口でポンポン喋ると、顔が全然違うのに本当の親子のように見えてしまうから不思議だ。
全体に軽妙なコメディなのだけれども、勿論絵は小津らしいものだ。例えば、山者冨士子の東京での住まいのセットの美しさ。佐分利家もそうだが、今はもうほとんどないこういう和式の家に住みたいと思ってしまう。
こういう作品だと、笠智衆はどうしても脇役だが、見せ場もある。同級生とのクラス会で詩吟を披露するシーン。笠智衆らしく、不器用だが誠実な語りぶりが感動を誘う。そして、それに静かにじっとききいる友人たち。あの場面の設定やつくり方、撮り方は流石に見事で、単なるクラス会のシーンが何か神聖な場のように化してしまう。そして、中村伸郎が静かに歌い出して、皆で唱和する。ごくごく日常的な場面を映しながら、それがそのまま非日常的な特別な場として映像に定着されている、いかにも小津らしい素晴らしいシーンである。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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