2009年08月27日

映画カメラマン・宮川一夫・没後10年世界がみとめた映像の技(NHK)

NHKのBSで宮川一夫の特集番組を見た。
黒澤明の「羅生門」は、鮮烈な映像美が忘れがたいが、あれは照明に何枚も鏡を用いた手法によるそうだ。今では当たり前だが、それを宮川が始め、「森の中に初めてカメラが入った」と言われたそうである。
溝口は、宮川のことを信頼して、ほとんどカメラを覗かずに一任したという。だから「雨月物語」などは、映像自体は本当に宮川がつくりだしたものである。但し、宮川は溝口が場面や演出の意図を徹底的にこだわって言うのを良く聞いて、それをカメラに忠実に活かそうとしたとのこと。
若尾文子が面白い証言をしていた。「赤線地帯」の時に、若尾の演技に溝口は全く満足できず、若尾一人のために他の大女優たちを待たせて撮影が全然進まず、若尾は押入れに閉じこもって死にたいと思いつめたりしたそうである。そんな時、宮川が助け船を出して。若尾にメイクを変えてみようと言って、眉を男のように太くして目も凄くきつい感じにしたそうである。若尾は自分の顔でないように思ったが、それで溝口の演出意図に思い当たったという。あの映画では若尾は男を手玉に取る「かわいい顔をしたしっかり者の悪女」なのだが、完成したフィルムを観ると本当に見事になりきっている。そんな苦労があったのが全然分からないくらいに。私自身、他にも大女優たちが出ている中で、若尾の演技にいたく感心したのである。
「お遊さま」について、シャル・ウィ・ダンスののカメラマンが指摘していたが、主人公は結婚する乙羽信子でなく田中絹代に思いを寄せるのだが、最初のシーンで女性達が田中など4人を含めて歩いてくるのを主人公が遠くから見続けるシーンで、カメラは田中の顔だけが映り乙羽の顔が全く映らないように他の女性の影になるようにし続ける。確かにそうだ。かなり入念な準備と技術が必要だそうで、それは完全に宮川のカメラ技術によるものである。主人公の気持ちを、端的にカメラで表現している。そのように、宮川は溝口の意図を察知して完全主義の作品を共犯して作り上げたのだろう。
小津とは「浮草」のみ組んだ。小津も宮川も「赤」にこだわりがあり、あらゆる場面のアクセサリーに赤が使われている。宮川は子供時代に、金魚鉢に墨を流しこんで、黒と金魚の赤のコントラストに強烈な印象を受けた原体験があるそうで、市川崑の作品で赤と黒の表現を追及したという。
ところで「浮草」は小津らしくない映画である。キャストや大映作品であるせいなのかと思っていたが、宮川カメラであることも関係しているのかもしれない。小津といえばひたすらローアングルだが、宮川はやや俯瞰から撮るのが得意だった。(何でも女優は少し上から取ったほうが、あごの線がくっきりして綺麗に映るとか。宮川は女優たちに美しく撮ってもらえる事で信頼されていたそうである。)「浮草」では、小津映画ではほとんど例外的といってもよい俯瞰ショットがある。勿論、宮川の主張なのだが、小津も宮川も二人とも偉大な芸術家だが、やはり絵に対する感性に本質的に合致しない部分があったのかもしれない。「浮草」は後期小津では個人的にはそんなに好きな作品ではないが、再び観たくなってしまった。
宮川は若い頃に、水墨画を学んだことがあり、それが特に溝口作品にいかされていると言う。「雨月物語」の船のシーンの美しさが象徴的なのだろが、やはり宮川が本当にピッタリあったのは溝口ということになるのだろう。そして、海外で溝口の評価が異常に高い理由も、宮川の白黒の映像美によるものが大きいのだろうと再認識した番組であった。
ちなみに篠田正浩の瀬戸内少年野球団も宮川カメラである。かなり昔にこの映画は見たが、カメラは全く意識しなかった。今日この後BSで録画しておいて観るつもりである。楽しみだ。
posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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