2009年02月13日

博士の異常な愛情−ピーター・セラーズ、スタンリー・キューブリック監督



キューブリックは、非現実的なコメディを、とことん美しい映像で撮ろうとしたのだろう。冒頭の核弾頭を積んだ米空軍機の映し方の見事なこと。そして、バックに流れる優美な音楽。悪夢のような馬鹿げた現実を夢のように美しい映像で包むアイロニーである。改めて、白黒のコントラスト設定、陰影の精緻さにうっとりした。
映画「ピーター・セラーズの愛し方」によると、キューブリックはこの映画の三役以外に、爆撃機のパイロットまでやらそうとしたそうである。セラーズは、ストレスに襲われて大爆発してしまったらしい。
結局は3役にとどまったのだが、そのどれについても、とてつもなく完成度が高い。オーラまで完全に違う。少し人がよくて気弱なイギリス将校、知的で毅然として品格のあるアメリカ大統領、そしてナチ出身のドイツのマッド・サイエンティスト。セラーズは、一人何役もするのはお手の物だったが、ここまで各キャラクターが昇華された形で完成されているのも珍しい。これなら三役で精一杯だったろうと納得できる。
もう少し「ゆるい」映画では、とんでもない数の役を演じている。たとえば、「マダムグルニエのパリ解放作戦」では、無責任なイギリス軍人、フランス軍の老大将。ヒトラー、ゲシュタポの親衛隊長、日本の皇太子!、アメリカ大統領とやり放題だった。セラーズの変化作としては、多分あれが最高なのではないかと思う。
この映画では、電話の一人会話シーンが、存分に生かされている。イギリス将校が、破壊された基地からアメリカ大統領に公衆電話をかけようとするシーンは腹を抱える。その際、基地の電話をまず使おうとして、受話器に線が全くついていないのは、ちょっとクルーゾー警部的である。「ピーター・セラーズの愛し方」によると、「ピンクの豹」の初登場シーンで回った地球儀に手を突いてこけたのはセラーズのアドリブだったらしい。このシーンも多分そうなのではないかという気がする。
電話シーンで白眉は、アメリカ大統領がロシア書記長と一人電話する場面である。本当にセラーズはうますぎる。電話先のロシアの酔っ払った男が目に浮かぶようである。
他にも、空軍大将の女性秘書がベッドルームで一人電話するシーンとか、大統領本部室で、海軍大将がその愛人の秘書と一人電話するところなど、とことん電話をうまく使っている。空軍大将のジョージ・スコットも、大変な怪演ぶりである。
それにしても、「ドクター・ストレンジラブ」の狂気はすごい。完全にピーター・セラーズの痕跡はなく、狂った科学者になりきっている。目からして完全に狂っている。最後のシーンでは。後ろに立っているロシア大使役が完全に笑ってしまっている。普通なら撮り直しだろうが、あまりに出来が良いので、キューブリックも目をつぶって使ったのだろう。
セラーズの完全に役に成りきる狂気と、キューブリックの全てに完璧を求める狂気が、幸福な結婚をとげた稀有な作品である。


posted by rukert | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画
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